190人が本棚に入れています
本棚に追加
「俺も!」と愛想笑いを作り、別れようとしたが、ビルの谷間の強い風が俺たちの間をすり抜けた。
あまりの強風で、一瞬目を閉じたが、風の中に、つり目の金髪の男が駆け抜けたように見えた。
腰に紺の長いエプロンを巻いているように見えたけれど、錯覚か?
「あぁ、もう!」
彼女は風のせいで、再び抱えた資料を落としてしまった。
さっき見えたつり目の金髪が彼女の資料に手をひっかけたように見えたのも俺の見間違いだろうか。
でも、……風の中に人がいるはずない。
今度はファイルに挟んでいたせいか、資料はバラバラに飛ばされずに済んだけれど、ミアは再び座り込む。
俺は、一緒に落としたファイルより、一回り小さいスケジュール帳を拾い上げた。
見るつもりはなかったけれど、開いて落ちたから、中を見てしまった。
彼女はスケジュールの他に、メモ程度の日記をつけているようで、そのスケジュール帳は、びっちりと文字で埋まっている。
「日記…」
思わず日本語で呟く。
俺の一言で、彼女は苦笑いを浮かべ、俺に「ありがとう」と言って手を差し出した。
「あ!ごめんなさい、見るつもりはなかったんだ」
スケジュール帳を彼女に返す。
「いいのよ、大した事は書いていないの。
それより、私知っているわ。日本語でdiaryの事を日記って言うのよね?私少しだけ、日本語を勉強しているの」
「そう、すごいね!日記って言うよ」
俺は頷きながら答えたが、日記という言葉に、急に彼女の瞳を見たときのような不思議な感覚に襲われる。
俺と同じ勾玉の痣をもつ女性ミア、そして、日記……
彼女もまた俺を見つめ返し、「日記」と日本語で呟いた。
俺たちは、多分お互いを知っている。
今は思い出せないけれど、彼女は、きっと、俺の大切な人になるかも知れない。
何故かそう感じて、俺はミアに自分の連絡先を書いたメモを渡した。
〜END〜
最初のコメントを投稿しよう!