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私は、彼の名前を知ってから、毎日毎日。
伊織が学校に行っている間、鏡を見ながら柘植の櫛で髪を梳かした。
そして、貰ったお花のピンで前髪を留めてみる。
鏡にうつる私の顔は化け物のようで、長い髪が綺麗な程、余計に気持ち悪くみえる。
「駿、くん……」
泣きたくないのに涙が溢れた。
こんな時、友達がいたら、恋の悩みを相談したりするのかな。
伊織には、勿論言えない。
だって、伊織の彼だもの。
でも、友達くらいにはなれない、かな。
その日、いつも通り夕方に、伊織と駿くんが家の前で少し話をしている。
一度、話してみたい……
その想いが通じたのか、駿くんが帰る間際、また目があった。
これで、2度目だ。
彼は再び私にペコリと頭を下げた。
今回は私も少しだけ頭を下げたけど、カーテンで顔はほとんど隠していたから、あまり見えていないかも。
それでもドキドキし、私の中で駿くんへの気持ちがどんどん大きくなる。
「ただいま弥生!あれ?どうしたの?いい事あった?」
伊織がにこやかに聞いてくる。
「おかえり伊織」
「今日ね、調理実習で肉じゃがと茶碗蒸しを作ったの。今度弥生にも作ってあげるね」
「ねぇ、伊織」
「なにぃ?」
伊織はいつも通り着替えながら、私に答える。
どうしようか……優しい伊織なら分かってくれるかも。
駿くんとお友達になりたいってくらいなら。
「あのね、伊織。えっと……」
言いたいのに、怖くて口がうまく動かない。
「何よ、弥生。なんでも話して?どうしたの?」
笑顔で微笑む伊織。
いつも私の心配をしてくれる優しい伊織。
今回も、きっと、私の気持ちを分かってくれる。
優しい伊織ならーー
「えっと……ね、あの……
……近藤くんをお友達として紹介してくれないかな?」
「えっ……」
伊織が驚いた。
そうだよね、今まで友達が欲しいなんて言った事なかったから。
だからこそ、私が友達が欲しいって言ったら、どれだけ強い気持ちなのか分かってくれるかも。
だけど
「……ダメだよ」
伊織は、今まで聞いた事のないくらい低い声で私に言った。
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