死神ゴルフ

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死神ゴルフ

 電車はゆっくりとホームに滑り込んだ。ドアが開き外に出る。朝から降り続いていた雨はいつの間にか上がっていた。雲が所々切れて青空がのぞいている。こうなると面倒なのがこれだ。俺は傘を握る左手に力を込めた。これまでいったいどれだけ傘を失くしてきただろう。そのせいで何度妻に怒られたことか。やっぱり折りたたみの傘にしておくべきだった。  乗り換えの電車はすぐにくるだろうからベンチには座らず、白線の手前に立った。  向かい側のホームに男がいた。俺と同年代くらいだろうが、線が細く貧相な感じだ。彼は傘の先端を両手で持ち、アドレスの体勢をとっていた。つまりゴルフのスイングをする直前の構えだ。体を小刻みに揺らしながら、スタンスの微調整を行っている。  いまどき珍しいなと思いながら眺めるうち、なんだか俺の体もむずむずしてきた。そういえば最近ゴルフをしていない。打ちっぱなしですらご無沙汰だ。  こちら側のホームに目を走らせる。人はまばら。俺の周りには誰もいない。これならちょっとくらい大丈夫だろう。  俺も傘をさかさまに持ち替え、スタンスをとり、軽くテイクバックしてから思い切りスイングした。振りぬく瞬間、気のせいか手のひらに手ごたえを感じたように思えた。 「ナイスショット!」  突然声が聞こえた。振り向くといつの間にか見知らぬ女が立っていた。どういうわけか彼女はキャディーの衣装を身につけている。 「いやー。なかなかよく飛びましたな」  別の声に振り返る。男がいた。向かい側のホームでゴルフスイングをしようとしていた男だ。いつの間にかこちらに来ていたようだ。  彼はじゃあ私もと言って傘を手にアドレスをとると、リズムよくフルスイングした。女が再び「ナイスショット」と声を上げた。  男は右手を両目の上にかざし、しばらく球の行方を追うようなしぐさをしてからこちらを見た。  なんだこいつらは。冗談のつもりか。俺が傘でゴルフスイングをしたものだからバカにしているのか。いや待てよ。それにしたって女がキャディーの姿をしているのはどういうことだ。普通こんな格好で駅をうろつくものではない。それならこれは、テレビか?ドッキリか?こいつらは売れない劇団員か何かで、俺の反応をどこかから隠し撮りでもしているのだろうか。  カメラを探してきょろきょろ辺りを見渡すうち、妙なことに気づいた。すべてが止まっているのだ。向かいのホームを走る子供たち、階段のそばで客に案内をする駅員、さらには架線から飛び立とうとするハトまで、すべてがその動作の途中で静止している。 「すごいですよねぇ。ゲームが始まると、こんな風になるんですね」  男も感心したように周りに目を向けていた。 「ゲーム?」  要領を得ない俺に、男は「あれ?」と戸惑いの目を向けた。 「もしかしてあなた、ご存じない?」 「なにを?」  男が困惑したようにキャディーへと視線を振り向けた。 「こちらの方は、このゲームのことを知らないようですけど、それでも問題はないんですか?」
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