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うっすら笑った女は、
「知っていようが知っていまいが、この路線をはさんで二人が願えばゲームの始まりです」
「だからなんだよ、そのゲームって」
思わず声を荒げた俺を、キャディーは冷ややかに見つめ返す。
「もちろん、ゴルフのことですよ」
「ゴルフ?なんで?」
「それは、あなたがやりたいと願ったからでしょう」
願った……のか?もしかしたら最近ご無沙汰だから行きたいとは思ったかもしれない。
「仮にそうだとしても今じゃないだろう。俺はまだこれから仕事があるんだよ。得意先を回らなきゃなんないの。ゴルフなんかしてる場合じゃないんだ」
「それならほら、心配には及びません」
言いながらキャディーは辺りを見渡す。
「ご覧の通り、私たち以外の時間は止まっております。勝敗が決した時点で再び時間は動き出しますので、お仕事に遅れるようなことはございません」
俺ももう一度周りを見る。俺たち以外動いているものはいない。異様な光景だ。夢でも見ているようだ。って……そうだ。これは夢だ。現実にこんなことが起こるはずもない。きっと俺は電車で居眠りをしたんだ。その際に見ている夢に違いない。それならそうで話は変わる。
「そういうことなら、まあせっかくだからやってもいいけど、道具はどうするんだ?クラブとかボールとか、なんにも持ってないぞ」
「クラブはそれ」とキャディーは俺が持つ傘を指差した。
「おいおい、これでゴルフするのか?」
「もちろんです。それがこのゲームの醍醐味ですから。そして、ボールはこれ」
彼女は右手のひらを上にして差し出した。何もなかったそこを見つめるうち、ぼんやりと小さな火の玉が浮かび上がった。まるで人魂のようだ。
「それを打つのか?」
「ええ。と言うか、あなたはすでに第一打を打ったはずですが」
「は?俺は素振りをしただけで……」
あ。そう言えばあの時、手に何か感触が伝わってきたっけ。あれはこの球を打ったってことなのか。
「どうやら心当たりがありそうですね。まあ初めての場合、あなたのように球が見えない方もおられます。なんせ、これは人の魂ですから」
「はい?」
「厳密に言えば、自分の球は自分の魂ということになります」
「と言うことは、俺はさっき自分の魂を打ったのか?」
「そう。これは、魂を賭けたゲームなのです」
「死神ゴルフというらしいですよ」
そこで男が割って入った。
「このゲームに勝つと、対戦相手の魂を得ることができるそうです」
ね?と言って彼はキャディーに目を向けた。
「そう。つまりそれは、相手の残り寿命を自分の寿命に加えることになるのです」
「勝てば寿命が延びるってことか?」
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