9人が本棚に入れています
本棚に追加
「はい」
「負ければ?」
「死にます」
冗談じゃない。命懸けのゴルフなんかできるわけがない……と言おうとしたがやめておいた。そうだった。これは夢なんだ。負けたからって本当に死ぬことはない。せいぜい目覚めて安堵のため息を吐くくらいだ。だから適当に楽しめばいい。
「面白いじゃないか」
俺はキャディーと男を順に見てから、
「じゃあ、早速ゲームを続けようぜ。第一打はすでに打ったんだよな?このあとどうすりゃいい」
「では、セカンドショットの位置までお連れしますので、どうぞこちらへ」
彼女はいざなうように手を差し伸べながら歩き出した。
1番ホールは駅構内、2番ホールは駅前商店街、3番ホールは大型書店と言った具合に、ゴルフコースは街中の施設を利用したもののようだ。通常なら不可能だろうが時が止まっているのだから何の支障もない。まあ夢なのだから何でもありと言えばそうだなのだが。コースは全18ホールで、そこで行われるのはマッチプレイだ。1対1で行う競技形式で、各ホールごとに勝敗を決め、最終的に勝利したホール数の多いほうがゲームの勝者となる。だから極端な話10ホール目で終わってしまうこともあるわけだ。
4番ホールは家電量販店の中だった。カップは掃除機売り場にあった。そこへなんとか5打で球をねじ込んだことで、このホールは引き分けに持ち込むことができた。それでもトータルの成績は俺の3ダウン。スタートから3ホール目までを続けて俺は落としていた。
それには理由があった。今ひとつこのゴルフに身が入らないのだ。これが現実のゴルフなら気合も入るのだろうが、夢の中だからついついなおざりなプレイになってしまう。おまけにゴルフクラブが傘一本なのだからなおさらだ。
それに引き換え相手の男は真剣そのものだった。ティーショットからパッティングにいたるまで、時間をかけて思考し、慎重にプレイする。こんなことをなにもそこまでやらなくてもと思っていると、彼は意外なことを告白した。
「実は私ね、末期ガンと診断されましてね。それで、探したんですよ。いわゆるガンに効くと言われるサプリメントや民間療法をね。そのとき、インターネットで偶然見つけたんです。この死神ゴルフの噂を。そりゃ最初は半信半疑でしたよ。でもほら、こうして実際にゴルフをしている。これで勝てば、寿命が延びるんですよ。まあ、あなたにとっては不運以外のなにものでもないでしょうが」
セリフの最後は同情するような口ぶりだったが、すぐにやる気をみなぎらせた表情で素振りを始めた。
その姿を眺めつつ、俺はこんなことを考え始めていた。このまま彼に気持ちよく勝たせてやったほうがいいのではないか。それは男が末期ガンと知ったからだ。たとえ夢の中のゴルフにせよ、病人は労わるべきだと思ったのだ。寿命のやり取りなんか現実にはあるはずもないのだから、俺が負けたって何の問題もないはずだ。
すると不意にキャディーの顔が真横に迫ってきた。
「ちょっとあなた。先ほどからの様子を見るに、もしかしてこれは現実のことではない、あるいは夢ではないか、などと思っておられませんか?」
最初のコメントを投稿しよう!