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やはりあれは現実に起きた出来事だったのか。それとも白昼夢を見ていただけなのか。判断がつかないまま目的の駅に着いた。改札を抜け、駅前を歩き、大通りで信号待ちをする。
突然エンジンが唸るものすごい音が聞こえた。何事かと思いそちらを見ると、一台の車がものすごいスピードで突っ込んできた。避ける間もなく俺の体は空中に弾き飛ばされた。
気がつくとベッドに寝かされていた。どうやら病院のようだ。傍らで本を読んでいた妻が俺に気づき、涙声で言った。
「よかった。本当によかった」
「何が起こったんだ?事故か?」
「うん。ブレーキとアクセルの踏み間違えだって。あなたと、その周りにいた人が大勢巻き込まれたの」
「誰か死んだのか?」
「子供とお年寄りが二人。あと、怪我人はたくさん」
そこで彼女は言葉を切り、俺の頭のてっぺんからつま先までをなめるように見た。
「でもね、あなたはどこも怪我してないの。お医者様が奇跡だって。警察の人も、死んでいてもおかしくない状況だったって言ってた」
話の途中で気づいた。部屋の隅に、いつの間にかあのキャディーが立っていた。瞠目する俺の視線に気づいた妻が振り返り、
「なに?どうしたの?」
どうやら彼女には見えないようだ。
「いや、なんでもない」
「そう」と気にすることのない妻は、
「ところで、お義父さんとお義母さんもお見舞いに来てくれているのよ。さっきお医者様に呼ばれて出て行ったところだから、ちょっと呼んでくる」
妻が姿を消すと、キャディーが音もなく俺のそばまでやってきた。
「言っておきますが、これは奇跡ではございませんよ」
「そうだろうな」
「あなたの寿命は、今日のあの事故で尽きる運命でした。しかしながら、あなたは例のゴルフで勝利された。その報奨として対戦相手の残り寿命を受け取った直後だったのです。今あなたが生きているのは、そういうことです」
「と言うことは、仮に俺が負けていたとしても、あいつの寿命は増えなかったってことなのか?」
「そうなりますね。あの時点であなたの残り寿命は0日だったのですから」
あいつ、さぞやがっかりしたことだろうな。それにあの男は俺のことを不運以外のなにものでもないと言ったが、不運どころか超ラッキーだったってわけだ。思わず笑いがこみ上げた。
「では、また機会があれば……」
礼をするキャディーに問いかけた。
「ちなみにあんた何者だ?ただのキャディーじゃないよな?」
「もちろん、死神ですよ。あのゴルフの主催者です」
言いながらその姿は煙のようにスーッと消えた。
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