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一の花
PROLOGUE
まんまるにくり抜かれた水色の空から、たくさんの赤い花が降ってきた。花は、斬られたばかりのこうべのように、恨みがましくオレを何度も叩いた。手の甲に、横っ面に、膝の上に。どんどん降り積もるのは重みを持った鮮血。
空気は、綺麗に澄んでいた。
逆光のなか、人影はオレのことをじっと見ていた。肩は大きく上下して、ハアハアと跳ねる息遣いは穴の闇にこだました。その眼は異様にぎらぎらとしていた。あいつがとっても変だってことが、今になってよく分かった。
そんなこと今更知っても、もう、ほんと、遅いんだけど。
オレの身体は、冷たい土に横たわっていた。こびりついて取れないのは、鉄のようなにおい。
空の果てから、きらきらとした神様がオレを見ていた。
オレは死んじゃうんだろうな、そんなのって、いやだな、そう思ったのを覚えている。
いつの間にかあいつがいなくなって。その靴音がおぼろげに消えていくのを聞きながら、オレは眠気に負けてしまいそうになった。
眠っちゃ駄目だと思うのに、言うことを聞かない。
重い、重い、暗い、暗い。
どうしても目を開けていられなくなった。
どろどろした淵は、すぐそこに待ち構えていて、歯の無い口をあんぐりと開けていた。オレは引き摺りこまれていった。冷たくて、寂しかった。そしてやっぱり、とんでもなく重かった。
これが、死ぬってことなんだろうな。
そう思った。
そして。
重さの中に、ほんのわずか、古臭い箪笥の薫りがした。
ずっと遠くから、神様がオレに言った。
――……まだ、終わらないのか……――。
オレは不思議と落ち着いて答えた。
「……こんどは……ちゃんと……」
神様は頷く。手づから、オレを抱き上げた。頬を寄せて、そして何事か聞き取れないほどの囁きを、オレの身体に吹き込んでくる。解けた言葉は筋肉と神経の隙間に染み込んで、軋みを上げる。ぎしぎし、ごりごり。感覚の気持ち悪さに反比例して、オレはお風呂に浸かっているような温かさにほっとする。
もしかして……助かったのかな?
うっすらと瞳を開けて見た景色の中、ぼんやりと陽炎のような神様。その瞳が、周りを覆い尽くす紅い花と同じ真っ赤な色に染まっていた。
オレは、絵本で見た怖い鬼を思い出した。
人肉を喰らって、骨をしゃぶる。
妙な違和感にふと不安になる。
重い空気を振り払って、オレは掠れた声を上げた。
「ねえ……ほんとうに……神……様なの……?」
笑い声の大合唱が、穴の中を埋め尽くした。
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