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その後、加賀結と名乗る男に促されるまま、オレは駅前のファーストフード店で、学生たちに混じってハンバーガーとポテトを頼んだ。
店内は紺色の学生服で溢れ、ざわついていた。あちこちに響くテンションの高いはしゃいだ声が居心地の悪さを煽る。
自分が中高生だった頃も、そして今も、いつまで経っても馴染めない雰囲気だ。オレは猫背になり、俯き加減で湿気たポテトを口に運ぶ。前髪で意識的に自分の顔を隠した。最近そんな仕草が癖になってきている。
さっきからつい思考停止していたが、いくぶん落ち着いてきた。先程の妙なドキドキや違和感も消えつつある。
(その代わり……)
相手を髪の隙間からじっとりと見つめ、見れば見るほど大きな疑問が生まれてくる。
薄緑のモッズコートの下の体躯は、細身ながら見るからに硬そうでがっしりしている。貝ボタンの付いたネイビーブルーのストライプシャツにベロア生地の細身の黒パンツ、革靴は新品同様にぴかぴかで、首には深い赤のマフラーをお洒落に巻いていた。身長は百八十センチ以上だろう。脚もすらりと長い。短い黒髪は嫌味なくラフにセットされて、両耳には控えめな銀のピアスが光っていた。まるでファッション雑誌から抜け出してきたかのような外見だ。
それに、誰がどう見ても顔面偏差値が平均以上だ。聞けば、隣県の超難関大学工学部の建築学科を専攻する二回生だと言う。眉目秀麗なうえ、頭脳明晰とは。一つ年下だから、おそらく二十歳だろう。にこにこと笑って、ハキハキと喋る好青年だ。
(人種が違う……)
オレはぼんやりとそう思った。
そうだ、この前母親が見ていた恋愛ドラマの人気俳優に目もとが似ているんだ。そしてその目もとに変に色気があるのだ。鼻筋が通って、睫毛も長い。動作一つ一つが洗練されていて、落ち着きがある。明るいうえに知的な雰囲気があって、しかも人好きのする笑顔をする。
(これが、オレの……知り合い……?)
ポテトをタバコのように口に挟み、オレはぼんやりとまた相手を見やる。いや、有り得ないだろう。だって覚えていない。こんなのと知り合いだったら、さすがに覚えているんじゃないかな。さっき『知ってる』と思った感覚まで、気のせいだったんじゃないかと思えてくる。
「加賀くんは……」
「結。結って呼べよ」
きゅっとへの字に口を結んで、加賀結はオレを冗談めかした瞳で軽く睨み付ける。
「ゆ……ゆい……は」
いったい何なのだろうか。コミュ障のオレにはハードルが高すぎないか。そもそも、こいつ、年下だってさっき自分で言ったよな? タメ口なのか。そうか。
「今はこっちに居ないってさっき……言ったよな」
「あー、うん、小五になる前に引っ越して、今日本当に久しぶりに戻って来たんだよ。偶然会えるなんて、まったく思ってなかったな……。直花どうしてるんだろう、って、俺、ずーっと気になってたんだからな!」
「……お、おう」
申し訳ないけど、オレは今、人生を転落しています。そう言いたくなった卑屈な心情をすんでのところで押し留める。今述べるべきことでも無いだろう。
それと同時に、彼の言葉のどこかにちょっとした引っ掛かりのような違和感を覚える。でも、それが何なのかわからなかった。
仕方なく、話題を探す。
「じゃあ今日は何しに……」
「ん、ゼミの関係で。ここより北の方にうちの大学が噛んでるリノベーションプランの物件があってさ。今年度は俺がそのチームリーダーやってるんだ。もちろん三回生がその統括してるんだけど、俺は実際に色々と仕事回すチームに居て……今日はみんなで打ち合わせとかした帰り。こういう実績あると就職にも役立つし……」
「はー……」
何それ、と聞く勇気も無い。オレは脇に嫌な汗をかき始めた。完全に、オレとは違う世界の住人だ。これ以上一緒にいればオレが傷付く。
いや、もう、傷付いている。
「なんか、すごいね」
ちゃんと笑えただろうか。オレはまだ中身の残っているポテトの紙袋をがさり、と握りつぶした。
「じゃ、オレ、帰るな。また、どっかで会えたら」
社交辞令を口にして立ち上がると、がしりと手首を掴まれ、勢いを殺せずにつんのめる。
「おわッ」
「何で逃げるんだよ~」
振り返って、息を呑んだ。冗談がかった口調だけど、目を見ると本気のようだ。オレを射抜くように見つめてくる。
また少しどきっとした。相手が妙に美形なのが良くないのかな。女なら、こういう時嬉しくなるんだろうか。
(いやいや、そうじゃないだろ。しかしまあ……『何で』も何も……『何で』お前みたいな奴がオレなんかに構うんだよ、ほんと……)
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