―傍で、温めて―

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 その仕草にこちらの息が苦しくなる。苦しくて、モーターの回転数も上がり限界を超えそうだ。  夜闇の中、古い街灯が照らす、たった二人だけの小さな世界。  誰にも聞かれていない。アイツの思い出もないこの場所でなら、零してしまって良いだろうか。  この人を想う気持ちを。 「好キ」  たとえ真夜中でなくても、抱き締め合っている互い以外には誰にも聞こえない声。 「タクイ」  囁き返された自分の名前に、薄荷の香りが含まれる。それを味わってみたくて、そっと唇を寄せた。  薄荷ドロップはすでに溶けきって無くなっていて、その後を引く甘さと、スッとする後味だけが自分の舌に乗る。  その瞬間、バチッと、脳内回路でショートを起こしたような衝撃が襲った。同時に全身から力という力が抜けていく。 「どうした? タクイ!」  彼の声が遠い。耳元で叫ばれているはずなのに、彼までが遠い。  ――嫌だ。総武。これ以上は、嫌だ――。  自分ではない声が、アラーム音として響く。  悲壮な声はアイツだろうか。ここは彼の家ではないのにシンクロしてくる。  シンクロしてるのは、思い出ではない。  なら、何だ。彼の意識か。自分の彼に対する想いか。  もう、まともに思考回路が動いてくれない。  揺すられているはずの感覚も、すでに自分のものではない。だからと言って、アイツの思い出にシンクロしているわけでもない。  自分の思考と、触れられる感触と、全体を纏める意識がバラバラに働きながら、自分の体外に放たれてしまった感覚。  博士やドクターに見つかったら、スクラップ決定だ。  遠ざかる意識の中、彼の顔が見たかった。  彼だけの顔が、見たかった。  もしかすると記憶にも留められないかもしれない。それでも、その顔がみたい。  もう唇も動かせないから、瞳に映す想いを読み取って。  ――好きよりも、もっと……――。
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