―かけらを あつめて―

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―かけらを あつめて―

 どこまでも霞んだ意識が、闇でもなく、光でもない空間を認識する。 「……レモンで、言う事を聞くように、記憶の操作を……行動は正常に戻った」 「馬鹿な事を! 彼は元々何も異常な事は無かったっ。自分達の思い通りにならないからって、自分の息子に催眠術を掛けるなんてどうかしている。貴方達のほうが、よっぽど異常だ」 「価値観というものだね。君の考え方も、私達にとっては異常なのだよ」  意識の向こう側から、彼の明らかに怒りを含んだ声と、対峙する誰かが話す声がする。  低く澱のように淀んだ声は聞き覚えがあった。  ――博士だ。とうとう、捕まった。  逃げたいのに体は動かない。その絶望に詰めた息を吐き出したいのに、吐息を零すことさえ憚られる、漂う空気の重さ。 「私達の子供には、真っ当に生きて、私達の後を継いでもらわないと困る」 「彼は弱者や孤独に寄り添い、自分の出来る事と出来ない事を、しっかりと判断出来る真っ当さを持っている」  息子。彼。私達の子供。同じ人物の事を指しているのだろうか。 「ドロップで記憶を無くしたこの子は、それでも、私達と相容れない考え方を持っていた。それも含め葡萄で君との思い出を、苺で君への想いを、オレンジでここに関わる全てを封印した」  思い出。想い。ここに関わる全て。バラバラのパーツが語るのは、今は居ない“アイツ”のこと。  この子とはアイツのことなのか。アイツがすぐそこに居るのか。ということはアイツが博士達の子供なのか。  ――ああ。それなら全てに説明が付く。  博士達の大切な〝あの子〟に似せて造られた自分。彼にアイツと間違われた自分。  彼等の求めた大切な人は、自分では到底手の届かなかった人だった。 「俺ジャ駄目ナ筈ダ」  ゆっくりと瞳を開くと、そこは自分が使っていたアイツの部屋のベッドの上だった。そのベッドの端に彼は腰かけ、時折自分の髪に手を触れさせながら、向かいの座布団に座る三人に対峙している。  こちらを確認する様に覗き込んできた彼の、向こう側に座る三人の姿。  居るのは分かっていた事だったのに、二人の博士とドクターを視認した瞬間、体が条件反射のように飛び起きる。  急激な身動きに脳内がグラリと揺れた。 「タクイ。起きなくて良い。大丈夫だから、お前には手出しさせないから、寝てろ」  腕を引っ張られ、もう一度ベッドに横たえられる。そのまま三人の前だという事もお構いなしに、彼は頬を壊れ物にでも触れるように撫でてくる。 「アイツワ?」 「まだ居ない。その内戻って来る」 「私達に触れさせないで、どうやって彼を元に戻すつもりだい」  ドクターが暗く笑っている。それはいつもドロップの甘い香りに包まれる時、最後にみる顔。 「戻す方法を見つけたんだよ。仕掛けた方法が分かれば、戻す方法は導き出せる。俺だって、アンタの元に付いて勉強してたんだ」  酷く嫌そうに吐かれた言葉に、彼の横顔を凝視してしまう。驚いた。彼も元々は、ドクターの元に居たなんて。 「インターンをしていた大学病院に、この人達が居たんだ。その時はまだ、これ程常軌を逸してなかった」  三人を一睨みして、再びこちらに視線を戻した彼を見つめた。  聞きたい事も、確認しないといけないことも沢山あるのに、何一つ言葉が出ない。 「タクイ、アイツの話しをしようか」  コクリと鳴ったのは、自分の喉だったのだろうか。酷く遠くから聞こえた。 「アイツの名前は、泉美沢意、この人達の息子で、おまえの大切な本の作者」  指された指先には、二人の博士が居た。 「沢意は俺と同期の医大生だった。しかしアイツは、絵本作家になるという夢を捨てられなかった」  インターン中に互いの夢を語り合い、互いを応援している内に、友情は恋情へと変わり、互いの過去ごと全て受け入れると、大切な存在に変化した。  丁度その頃、編入希望と同時に出していた虹を描いた作品が認められ、芸大に編入を許可された。しかし自分達には話しもなく大学を編入し、家を出た息子を両親は理解出来なかった。  今まで自分達の言う事を何一つ違えず、素直に聞き入れる息子に育ったと思っていた。そんな息子の突然の行動は何一つ理解出来ず、一緒に暮らしている男と愛し合っていると聞かされても、容易に受け入れる事は出来なかった。  編入した先が芸大だと分かっていた両親は、芸の道は甘くない、少しの間自由にさせたら自分達の所に戻って来ると甘く考えていた。しかし息子は着実に実績を残し、目標の絵本作家になり、イラストレーターとしても活躍し始めていた。  両親は息子を理解する努力もしないまま、自分達の意のままになっていた過去に戻すため、自分達の同僚であったその道の研究者に、記憶を操作して行動制御をして欲しいと依頼した。  勿論その研究者は、親公認の格好の餌食を逃すわけはなく、喜んで引き受ける。
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