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自分はアイツで、アイツは自分で。
忘れた記憶の中に、大切な彼との思い出がある。
不意にカラカラと音がして、彼が口にドロップを放り込む。
「薄荷」
彼が口に含んだ薄荷ドロップの香りが辺りを浸す。
「そう言えば、沢意君が持っていたドロップ缶の中には薄荷が入ってなかったな」
「あの子は薄荷味が苦手なんです」
さっきまで自分を造った博士だと思っていた母親が、まだまだ子供舌でと笑っている。
何時までも子離れ出来ない両親の元で、それに苦しんだアイツ。
心から求めた大切な人を忘れさせられて、泣くに泣けないアイツ。
――嫌だ。総武。これ以上は、嫌だ――。
公園で遠くなった意識の中で叫んだのは、やっぱりアイツだ。
これ以上、彼から遠くに行きたくないと。これ以上、忘れてしまうのは嫌だと。記憶を消されていくたびに抗った意識が、自分を彼の元まで導いた。
ずっと自分の中に居たアイツに気がつく。
「アイツガ消エナカッタヨウニ、俺モ消エナイ」
「そうだ」
彼は穏やかに微笑んだ。
「沢意も、本当は薄荷が食べられるんだ」
「エ?」
「そのままじゃ食べないって言っただろ? 方法があるんだよ」
そう言って彼は、こちらの頬に両手を添えて、愛おしそうに呟いた。
「戻って来いよ。沢意」
そっと重なった唇。
互いの温度を確かめて触れると、彼は口の中に薄荷ドロップを舌で押し込んで来た。
頭の先まで痺れる感覚と、甘い舌。そして愛しい彼の吐息。
「思い出せ、沢意。好きよりも、もっと……奇跡」
誓いのような言葉を最後に、唇を解かれる。
グァングァンと耳鳴りがする。
体のあちこちから皮膚が剝がれ落ちているような感覚がする。
震える体を彼が抱き締めてくれる。強く。強く。
「虹もドロップみたいに甘いと良いのにね。そうしたら、総武の苦い記憶も少しは甘くなるかもしれない」
コロコロと薄荷ばかりを舐めて、雨上がりの空に架かった虹を見上げている総武に、沢意は少し眉根を寄せて笑いながら言った。
「薄荷だって甘いぞ」
自分の幼い傷に寄り添って心を砕いてくれる沢意が、これ以上気に病まないように、総武は気持ち表情を崩して隣に立つ恋人に視線を遣った。
「薄荷は辛いよ。甘くない」
薄荷が苦手な沢意は顔中のパーツを真ん中に寄せて、ベェっと舌を出す。
総武はそんな沢意に向き直り、そのすべらかな頬を両手で挟むと、そっと唇を塞ぐ。そして自分の温度で舐め溶かした薄荷ドロップを、沢意の舌に乗せてやった。
近づいた時と同様にそっと唇を解放し、彼の顔を覗き込む。
「な? 食べられるだろ」
「凄い、薄荷なんて一生食べられないと思ってたのに、奇跡だな」
笑う沢意に、大袈裟だなと笑う。
「甘いだろ」
「……うん、甘い。好き」
片言の単語を並べながら呟く沢意に、総武はふわりと微笑んだ。そんな総武の顔に、ぎゅっと沢意の胸が切なくなる。
「総武……好き。好きよりも、もっと……奇跡。愛してる」
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