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この世界に造り出されたからには、誰かが自分の事を必要としているのだと、そう思っていた。その誰かが自分を傍に置きたくて、必要としていて、自分はこの世界に呼ばれたのだと。
この世に目覚めて最初に会った博士達も、ドクターも、〝あの子〟にただ傍に居て欲しい。新しい研究材料が欲しい。そんな欲で自分を求めた。
三人の意見が一致して自分は造り出されたけれど、自分は〝あの子〟にはなれなくて、最近では、ほとんどドクターの所に預けられたままの状態だった。最初は喜んでいたドクターでさえも、人形のようになってしまった自分に、もう面白くないと言い出していた。
目の前の彼も、居なくなった〝アイツ〟を探している。
代わりが自分では駄目なくらい、大切な人。
「俺ハ、俺自身ヲ必要トシテクレル人間ノ元ニ居タイ」
自分の話す固い声に、彼は真剣に耳を傾けていた。
「君モ博士達モ求メテイルノワ俺ジャナイ。ダカラ、俺ガ探シテイルノモ君達ジャナイ」
真っ直ぐにこちらを向いている瞳が、徐々に大きくなっていく。
「タクイは……」
コク。っと喉を湿らせても、押し出された彼の声は尚も掠れていた。
「タクイは、求められたらその人間の元に居るのか」
それは違うと首を振る。
実際、最近は飽きて来られていたとは言え、ドクターは自分を唯一、求めた人間だった。しかし彼の傍に居るには得体の知れない恐怖が勝ち過ぎて、見張りの緩んだ隙に逃げ出したのだ。
「求メテイル者ノ求メタ形ガ、俺ノ形デアルナラバ、ソノ人間ノ元ニ居ル」
そんな答えに驚き、これ以上は開かないくらいまで大きく見開かれた瞳は、自分の何を見ようとしているのだろうか。
「生憎、博士達ワ俺ニ意思ヲ持タセタ。タダ傍に居るだけの人形では駄目だと言う事だろう」
挑むように告げる自分の声が、いつしか自分の内側、底の深層から聞こえる感覚に陥る。
自分ではない者が、自分の体を使って話している感覚。
怖い。
言葉は溢れて止められない。それが今まで必死で留めておいた流れであるかのように、言葉は止まらなかった。
「だったら俺にも、傍に居る為の形を見極める必要も、権利もあるはずだ。俺は自分が傍に居たいと思う人間の傍に居る」
一瞬。息を呑む音だけが聴こえ、そして、静寂が辺りを浸す。
驚きの中に彼は何かを見る事が出来たのだろうか。
真っ直ぐな瞳はこちらを向いているのに、そこに映っているのは、きっと自分ではない。
それが分かる程、色の無い瞳が見る間に色を取り戻し、苦痛に耐えるように眉を寄せると、今度は今にも泣き出しそうに顔を歪め、俯いてしまう。
百面相な彼の顔を見ながら、何も出来ない自分は唇を噛んで見ているしかなかった。
俯いたまま、彼の肩が小刻みに震える。
泣いているのかと思わず手を伸ばしかけた時、「くっくっ」と詰まった音が彼の喉から洩れてきた。
「おっもしれぇ!」
その直後、爆発したように笑い出す。
何がそんなに面白いのか分からないこちらを置いて、ひたすら笑い続けた後、漸く顔を上げた彼は打って変わって、ふわりと柔らかく笑った。
「タクイ、ここに居ろよ」
「エ」
彼の柔らかい顔に驚いたのか、その言葉に驚いたのか自分でも分からない。
混乱している思考の中、もう少しその柔らかい顔を見ていたい。それだけは強く思った。
「ここに居て、俺とタクイの求めてる形が合うかどうか、見てみろよ」
「君ワ〝アイツ〟ヲ探シテルンダロ? ダッタラ、俺ノ形ワ君ト合ワナイト思ウゾ」
「探してるよ。でも、タクイはタクイだ」
いつしか自分の深層から響いていた声は、いつもの固い自分の声に戻っていた。それでも彼は耳を傾けながら聞き取って、しっかりと頷き、それでもここに居ろと言う。
「俺ハ俺ダケド……。〝アイツ〟ジャナイ」
「分かっている。今はアイツじゃなくても良い」
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