―闇の中で―

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 今は。  では、いつかはアイツでないといけない時が来るのだろうか。そうなれば自分はどうなるのだろう。ここを追い出されるのか、それともスクラップにされるのか。  それでも。あの笑顔をもう一度見たい。  ふわりと笑った顔は、自分の求めている形と似ているけれど、少し違う。でも、少し合う。  そんな所から彼の求めている形が分かれば、いつしか〝アイツ〟よりも、自分の形が彼に合ってくるだろうか。  アンドロイドが人間の替わりになるなんて、出過ぎた考えだろう。そもそも、代わりが出来るかどうかも分からない。  彼にとって大切である以外、アイツがどんな人間なのかも、自分には分からないのだから。  それでも、初めて博士とドクターの元から外の世界に出て、知り合いも助けてくれる人間も居ず、寝る場所も無かったこの数日からは大きな進歩だ。 「イツマデ此処ニ居テ良イ」 「俺がタクイじゃ駄目だって言うまで」 「……ソレッテ、イツ、ダヨ」  本当は分かっている。 〝アイツ〟が彼の元に戻って来る日なのだろう。  そんな明日か明後日かも分からない不確定な未来。不安で堪らない。思わず、不規則に回転しかける胸部のモーターを、服の上から宥めた。  そんな様子に気付いたのか、安心させるように、それでも睫毛が瞳に影を落としながら、彼は微笑んだ。 「安心しろ。タクイが居る間、俺はそんな事言わねぇよ」 「ソンナ事分カンナイダロッ。イツ〝アイツ〟ガ帰ッテ来ルカモ知レナイシッ」  言ってしまってから「失敗した」と後悔した。  自分にとっては居場所を追い遣る相手でも、彼には必要で、ずっと探している相手なのだ。 「そうだな」  そう呟いた彼の顔を見て、ますます苦い思いが広がって行く。  自業自得の後悔と、揺れる不安に顔を顰めていると、彼はゆっくりとこちらに手を伸ばし、ふと枕元の本に瞳を向けた。壊れ物を扱うように優しく撫でられた額から、彼の温度が伝わってくる。 「アイツが帰って来るのが先か、タクイが俺の形と合わないと判断する方が先か」 「ゴメン」 「バカだな。今お前が謝る事なんて一つも無かっただろ」 「君モ不安ナンダッテ事、忘レテタ」  そう言って頭を下げる代わりに、瞼を一度閉じた。すると髪をクシャリと混ぜられる。 「ホントに、お前ってヤツはっっ」  「仕方ないな」と小さく口元だけが形作り、それは音も無くて、耳に届く事は無かった。 「点滴も終わるな。今日はそのまま寝ろ。後で俺もこちらに来るから」  腕に繋がっていたチューブを抜いて、器具を片付け終えた彼はドアへと向かう。 「アンドロイドノ故障モ直セルノカ」 「タクイはヒューマノイドみたいだから、人間相手の医者でも大丈夫なようだぞ」  背を向けたまま答えると、彼はドアを静かに閉めて出て行った。 「本当ニ、コノ部屋使ッテ良イノ」  色褪せた古い襖を開いた部屋は、客間と言うよりも先に使用者が居た、机とベッドしかない畳の部屋。もちろん誰の部屋かなんて想像は容易い。 「〝アイツ〟ノ部屋ダロ」 「そうだな。でもアイツは今は居ないし。まぁ、帰って来るまではタクイが使え」 「マジデ良イノ? 先生」  彼は嫌そうに眉を寄せた。  昨晩から彼の呼び方に悩んでいたら、朝から彼を訪ねて来る人々が、彼の事をそう呼んでいたから、倣ってみたのだが。  代々小さな医院を開いていると言ったのは彼だ。昨晩、全ての片付けを終えた先生が再び自分の元に寝袋持参で現れ、時間の許す限り話しに付き合い教えてくれた。  代々と言っても、彼の父や母はこの家には居ない。彼が継いだのも「祖父の後だ」そうだ。  そんな昔馴染みの患者や、口伝てで彼の腕や人柄を聞いた遠方からの患者を相手に、午後にずれ込むまで診察をし、昼食もとらずに「放って置いて悪かったな」と、白衣のまま自分の様子を見に来てくれたのは、とっくにお昼を回り夕方に近い時刻の事。  昨晩から寝かされていた白い部屋は、簡易で設けられている処置用ベッドだった。そこから大きな中庭を挟んで建っている、この母屋に案内された。 「先生」  黙り込んでしまった先生を、もう一度呼んでみる。 「止めろ。お前がそう呼ぶ必要はない」  低い声で怒ったように言い捨てると、目も合わせてくれない。 「ダケド俺、君ノ患者ミタイナモノダシ」 「患者をこんな所まで案内なんかしない」 「デモ、アイツト違ウカラ」 「……」  アイツが居なくなった理由も、彼の父母が居ない理由も聞いてはいない。自分が知るのは、彼はこの広い家にたった一人という事。  なぜアイツは、こんなにも大切に思い続ける彼を残し、この家に帰って来ないのか。  不器用に表情を作る彼を前に、聞いても良い事は彼が自ら話してくれる時に話してくれる事だけと、こちらから聞く事を諦めた。 「取り敢えず、タクイはこの部屋を使え」
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