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-ミツケテ-
「イヤダッァッ」
そこに居るドクターに抗う為に動かない首を力いっぱい振り、伸びて来た腕を振り払う。けれども自分を包む腕はビクともしない。
「ヤメロ!」
「タクイ、俺を見ろ! 指の力を抜けっ。怪我するからっっ」
何度か軽く頬を叩かれて、霞んだ瞳が自分を覗き込む先生の映像を脳に届ける。
「ハ、ハ、ハッッ。センセ……」
全身が弛緩していくのと同時に、止めようのない震えが襲い立っていられない。
「……ド、ドクター……?」
緩々としゃがみ込む体は、先生に支えられながら畳の上へと沈んで行く。
「居ない。俺とタクイしかここには居ないから。安心しろ」
震える体はいつしか先生の長い片腕に包まれていた。
自由な右手で先生は、汗の噴き出している額を拭ってくれたり、握り込み過ぎて爪の喰い込んだ掌に傷がいってないかを調べたりと、こちらの様子を窺っている。
「どうした? 何が嫌だった」
ゆっくりと低く問う声音は、安心させる為の温かさを含んでいた。
「アノ缶」
視界には入れないよう振り向かずに、未だ震える指先で指し示すその先には、先生の白衣のポケットから出て来た四角い缶が落ちている。
突然パニックに陥った自分を支える為に放り出した缶を、先生はもう一度ポケットにしまう。
「ドロップ、嫌いなのか」
窺うというより訝しむ色の瞳で覗き込まれた。その言葉の後には、「アイツは好きだったけど」と付いているのかも知れない。
先生の大切な人間。それは分かっているけれど、こんな時にアイツの話しになるのは嫌だった。
「ドロップノ、名前ダケ知ッテル。缶モ見タ事ガアル。実際、中身ハ見タ事ガ無イト思ウ」
「思う?」
継ぎ接ぎだらけの記憶を辿りながら言葉を繋ぐと、確実に不安な部分を聞き返される。
確証が無い分ドクターに記憶データを消される時に使われていると言い切れない。
「メンテナンスノ時ニ、ドクターガ食ベテイタンダロナ。俺ニ香リガ移ルマデ」
「タクイが食べていたんじゃなくて?」
その問いに何となく引っ掛かった。
「俺ハ、アイツジャナイ」
「知ってる。タクイはタクイだろ」
宥める響きで言われてしまっては、これ以上アイツと比べるなと怒れない。
ここは先生の家で。大事なアイツの部屋で。自分はアイツに似ているから、ここに置いてもらえる存在なのだから。
「悪かった。もうタクイの前でアレは食べないから」
そう言って立ち上がりながら、くしゃりと髪を混ぜられる。
温もりが完全に自分から離れて行き、そのままで居てと、思わず手を伸ばしかけ止める。
「好キナラ食ベテ良イ。モウ、怖クナイ」
求めてはいけない。彼はアイツの為の温もり。自分の温もりではないのだから。
いつも自分の手から温もりが零れて行く。
もしかすると、闇の中で見た、とても温かそうな一筋の光も、自分に差していたものではなかったのかもと思わせる程に。
「無理しなくていい」
淋しそうに微笑んで、彼は部屋から出て行った。――そうして閉ざされる。
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