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その日、凛子は1限目を終えると下校した。凛子はドラマの撮影があった。一応、事務所売り出し中の女優らしい。ロケ地は一駅隣の河川敷。
学校が終わってみんなで見に行った。自転車を漕ぐこと20分。マイクロバスが停まっていた。スモークガラスで中までは見えなかった。
河川敷へ駆けあがる。橋の下で撮影の準備が始められていた。おっきなカメラと、まだ陽が暮れてもいないのに照明が灯っていた。
少し離れた砂利道にパラソルみたいな大きな日傘。撮影スタッフが持っている。その影の中にまるで別人の凛子がいた。化粧をされて、髪型をいじられて、普段なら絶対着ない黒のワンピース姿。
凛子が移動するのに合わせて、日傘を持ったスタッフが後を追う。喉が渇けば別のスタッフがジュースを持ってくる。
それをみんなはカッコいいって、大人だって、世界が違うって騒いでいた。俺は見ているだけで、イライラした。本番の声がかかると、一瞬で緊張感が広がりみんなが息を飲んでいた。俺は拳を握りしめていた。キスシーンだった。俺はカットがかかる前にその場を去った。
その日以来、凛子と登下校をすることはなかった。俺の方から避けるようになっていた。それは凛子の身長を抜いた今でも変わらない。もう変えようがない。凛子が転校してしまったのだから。
最後に話せたのは背比べをしたあの日の下駄箱。折りたたんであげた日傘を返しそびれたまま、今でも返すことも出来ずに部屋の押し入れにしまってある。
テレビに凛子が映るたびに思い出す。久しぶりに押し入れを開けて取り出してみた。開いて折りたたんでみた。いつまでも気持ちは晴れなかった。
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