大人日傘

2/2
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
 その日、凛子は1限目を終えると下校した。凛子はドラマの撮影があった。一応、事務所売り出し中の女優らしい。ロケ地は一駅隣の河川敷。  学校が終わってみんなで見に行った。自転車を漕ぐこと20分。マイクロバスが停まっていた。スモークガラスで中までは見えなかった。  河川敷へ駆けあがる。橋の下で撮影の準備が始められていた。おっきなカメラと、まだ陽が暮れてもいないのに照明が灯っていた。  少し離れた砂利道にパラソルみたいな大きな日傘。撮影スタッフが持っている。その影の中にまるで別人の凛子がいた。化粧をされて、髪型をいじられて、普段なら絶対着ない黒のワンピース姿。  凛子が移動するのに合わせて、日傘を持ったスタッフが後を追う。喉が渇けば別のスタッフがジュースを持ってくる。  それをみんなはカッコいいって、大人だって、世界が違うって騒いでいた。俺は見ているだけで、イライラした。本番の声がかかると、一瞬で緊張感が広がりみんなが息を飲んでいた。俺は拳を握りしめていた。キスシーンだった。俺はカットがかかる前にその場を去った。  その日以来、凛子と登下校をすることはなかった。俺の方から避けるようになっていた。それは凛子の身長を抜いた今でも変わらない。もう変えようがない。凛子が転校してしまったのだから。  最後に話せたのは背比べをしたあの日の下駄箱。折りたたんであげた日傘を返しそびれたまま、今でも返すことも出来ずに部屋の押し入れにしまってある。  テレビに凛子が映るたびに思い出す。久しぶりに押し入れを開けて取り出してみた。開いて折りたたんでみた。いつまでも気持ちは晴れなかった。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!