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『もしもし』
──えっ?
『もしもし?』
「あっ、はじめまして」
『はじめまして』
店内BGMにかき消されないよう、スマホを押し当てた左耳が拾う男性の声。なぜか同じセリフが右耳からも入ってくる。
美琴は小動物のように身体をひねり、右のテーブルを見る。すると、同じように身体をひねり美琴のテーブルに視線を送る男性。
『えっ?』
「もしかして」
『あ、どうも』
事態に気づいた男性は、電話越しに話していいのか、それとも電話を切ったほうがいいのか迷っている様子。
『とりあえず、そっちの席、行っていいっすか?』
「はい──」
スマホを耳に当てたまま、男性が美琴の席に移動してくる。
彼は美琴の目の前に座る。電話はまだ耳に当てたまま。目の前にいるのにスマホを握り締めているその姿がおかしくて、笑ってしまった。美琴の笑顔に安心したのか、彼は照れ笑いしながら電話を切った。
「田舎から出てきて、友だちも知り合いもいなかったから、誰かとつながりたくて」
達也と名乗る彼が苦笑いする。
近ごろじゃ、なんでもシェアできる世の中になった。傘だってそう。達也は傘をシェアする度に傘に電話番号を括り付けておき、それを見つけた誰かからの連絡を待っていたそうだ。なかなか愉快なアイデア。
「それに私がまんまと引っかかったってわけだ」
「そんなつもりじゃ──」
「冗談だよ!」
会ってまだ数十分しか経っていないのに、なんだか居心地が良かった。珍しい出会いのインパクトがそう感じさせるのか、それとも、宗介のいない時間を無理やり埋めようとしているのか。
「いつもひとりでココに来てるの?」達也が尋ねる。
「ううん。いつもは二人──だった」
「だった?」
「彼氏と別れちゃったからね」
達也はバツの悪そうな顔。余計なことを聞いてしまったと、気を使っているのだろう。
「彼のことはまだ好きなの?」
ちょっと考える。答えは出ているくせに。
「どうだろうね……」
「とりあえず今日は飲もう。失恋記念ということで!」
明るい達也に救われた。どこまでも沈んでしまいそうだったから。
二人のビールジョッキが空になる。美琴はタッチパネルに触れ、ちょっと考えたあと、数量表示の『2』をタップした。
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