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アイカサ
天気予報のウソつき──。
美琴は降り出した雨の中、急ぎ足でコンビニに向かった。店頭に置かれたシェアリング用の傘は1本だけ残っていた。
端末リーダーにスマホをかざす。ベルのような効果音が鳴り、ロックが解除された。
「よかった」小さく呟く。
コンビニの軒先。髪についた雨粒をハンドタオルで払う。今夜はまだまだ降りそうだ。
「宗介のバカ……」
傘を開くと、中棒に括り付けられた1枚の紙切れが目に入った。まるで神社のおみくじみたい。
なんだろう──?
気になって外してみると、そこには携帯電話の番号が手書きされていた。
「いらっしゃい! あれ? 宗介は?」
底抜けに明るい店員の声が響く。
飲まなきゃやっていられない気分。でも、ひとりで気軽に立ち寄れる店なんて知らない。やって来たのは数週間まで美琴の恋人だった宗介との行きつけの居酒屋。
「今日は、ひとりでーす」
ぎこちない笑顔を作る。なんだか泣きそう。やっぱり来なきゃよかったと、ちょっと後悔。
常連の特権が発動する。ひとりで来たのに4人席のテーブルに通してもらえた。彼氏にフラれて、居酒屋のカウンターでひとり焼け酒するのは、さすがにみっともないと思っていたから、救われた気分。
二人だと少し狭く感じた4人席。ひとりだと、妙に広くてなんだか落ち着かない。
賑わうスーツ姿のサラリーマン。顔を寄せ合うカップルたち。女子会が発する大げさな笑い声。隣の4人席には、美琴と同じように、テーブルにひとりで座る男性の姿。
ひと通り店内を見渡したあと、ビールを注文するためにタッチパネルを取り出す。その慣れた手つきは自然と数量表示の『2』を選んだ。宗介がいなくなったことを指先が思い出し、『1』に訂正する。小さくため息。
「あっ」
カバンのポケットに手を突っ込み、中から紙切れを取り出す。傘の中棒に括り付けられていたおみくじ。改めて手書きされた電話番号を眺める。
──これ、かけるとどうなるんだろ?
宗介のいない世界。新しいどこかに行かなきゃいけない。その義務感は美琴にスマホを取り出させた。
ためらいながらキーパッドをタップする。途中まで入力した番号を、一旦消す。そして、もう一度。心臓がドキドキしてる。受話口から呼び出し音が鳴りはじめる。変な人が出たらどうしよう……。
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