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iv
イフたちの大混乱ぶりは想像を絶した。互いが言い争い、主張を繰り返した。この時、雅なイフたちの一派の力はもう無いに等しかった。
外からの圧力が、イフたちを大いに揺さぶった。そしてついに、当時の最高権力を持つイフたちは、その扉を開ける鍵を簡単に渡してしまった。
そこからの流れは急速だった。
数百年続いた歴史が幕を閉じた。あの天下を治めた子孫のイフが冠を脱いだのだ。
突然、王位を得た雅なイフは混乱した。その混乱はそのまま、世界に波及していった。世は陰謀が渦巻く、真っ黒な時代へと突入していった。
同時にイフの世界で『工業』や『科学』が急速に発展した。イフの造った鉄塊が線路を這い、空飛ぶ箱を操るイフも現れた(私にとってはどちらも煩いだけだ)。
以前流行った手紙に加え、『嫌い』を別の場所に一瞬で届ける装置まで現れた。あれは私の感覚を大いにしびれさせたものだ。
もうイフたちの文明のレベルは、最初の乱暴な祖先たちの時代と全く異なる、別の段階にシフトしていた。
そしてついに、私の忌むべき戦いの火蓋が切られてしまった。今度の戦いは自分たちの『嫌い』だけが理由だけでなく、外から来たイフたちの『嫌い』の約束に、大きく左右されていた。そのため賢い白イフ連合も、どこか浮足立った雰囲気があった。
その戸惑いの感情を無くす道具に、恐怖と統制が使われた。
戦いの――特に勝利の――連続が、賢かったイフたちの心を麻痺させ、依存させ、壊していった。川の流れは、彼らが造った突き進む列車の如く、止められない濁流となった。戦争がイフたちの総意となっていた。その凄まじい渦は、私の総意すらも混乱させ、荒ませていった。
いや、私もサボっていたわけではないのだ。
大地を震わせ、大波を起こし、それに大地から火を吹かせる。可能な力を振り絞って大量のイフたちを叩き、懲らしめてみた。けれど想像以上に、イフたちの精神は強くなっていた。
もう止められないかもしれない。
イフたちは、私の手の届かない場所に出かけ、『嫌い』を増長させ、大量に殺してから戻ってきた。それを誇らしげに同胞に語り、別のイフが称賛を送っている姿がビラとなってばら撒かれた。
私は心の底からイフたちが嫌いになっていた。小さな頃は手が掛かったのに、成長してたくましくなったと思っていた。それがどうしようもないやくざ者に成り果て、育ての親に手を上げるどころか、他者まで平気で殴りつけている。
そんな時、親ならどうするだろうか。飴を与えて諭すか? いや、私にその選択は出来ない。私はもっと厳しい存在だ。だから、さらなる鉄槌をもって懲らしめるのだ。
この時、私は心身共に疲れて果てていた。
私の体は、中央に集まった巨大なイフの勢力に搾取され痩せ細っていた。心は一般のひもじいイフたちの悲鳴に似た『嫌い』で充満し、熟考する余裕が無かった。
いや、言い訳はそこまでだ。認めよう。私は遠くからやってくる彼らの侵入を許した。
天の力を借りれば、雷を用いてその機体を叩き落とせたかもしれない。けれど私は飛来する二つの塊の通過を、黙って見過ごした。その腹に、凶悪な悪魔を抱えている事を承知していたにも関わらず。
やがて塊は腹を開いた。産み落とされた悪魔の卵は、私の体の上で極大の火の玉となって炸裂した。
『嫌い』の消滅。
世界から『嫌』も『嫌い』も消え失せた。感情が何もない。究極の白だけの世界で、私の心が満たされた。
心の麻痺は一瞬だった。一気に私の総意に強烈な痛みが充満した。世界が泣いていた。どのイフも――白いイフも、黒いイフも。雅も荒くれも関係ない。うつ向いて泣いていないイフなんて、一人もいなかった。
だが、私はこれを求めていた。私の心と体がボロボロに壊れてしまったとしても、これを望んでいたのだ。
良し悪しは関係ない。結果は得られたのだから、それで納得しよう。
そう思いながら私は、この世界に生まれて初めて、黒い涙を流していた。
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