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 その後、混沌とした時期が続いた。私自身の体にも大きな変化があり、しばらくは周りに気を使う余裕が無くなっていた。  その間にイフの数は少しずつ増えていた。個体数もそうなのだが、行動範囲がひろがり、私の手足の至る所で見かけるようになった。  やがてイフの持つ行動力と好奇心が、私の想像しなかった取り組みを始めた。  まず、生活の(かて)を得る手段が変わった。機会ロスの多い狩猟から、確実性の高い農耕へと移っていた。  それに伴い、イフたちの中に協力すると言う意識が芽生えた。役割が産まれ、それぞれが責任を負って作業をこなすと言う流れ――仕事の概念が誕生していた。  彼らは仕事と生活、双方に都合がいいように集まって暮らすようになっていた。それは名実ともに、村だった。  イフたちは朝になれば起きだし、集まって集会を行う。日中汗を流して働いたのち、暗くなる夜には火を囲んで、食事をしながら仲間たちとダンスを踊っていた。  村を害獣や野蛮なイフが襲うと、木製の鎧に身を包み武器を(たずさ)えた何人ものイフが集まり、敵を撃退した。  あの野蛮な生き物が、序列と我慢を主軸にした新しい暮らし――弱々しいが社会とも呼べるものを産み出していたのだ。私は驚くと共に、いたく感動した。  よく観察してみて気づいた。新種の白色のイフがいる。  彼らは誰よりも率先して働く。自分で(さば)き切れない仕事は、仲間に役割を指示して受け渡していた。そんな素晴らしい特徴を持つイフが、集団の中で台頭していたのだ。  どうもこの『白イフ』たちが、野蛮なだけの黒いイフを駆逐したおかげで、社会のレベルが上がったようだった。  私は久しぶりに、自分の総意に聞いてみた。  穏やかだった。集団で暮らすことを覚えた彼らの『嫌い』は、むき出しの欲望ではなくなり、内側に潜む気持ちのひとつに落ちついていた。  これは激しさを好まない私にとって、好ましい変化だった。  私は初めてイフたちを見直した。この小さな生き物が自分の体に住んでいることを嬉しく思った。  イフたちは村という拠点を中心に、それぞれの場所で少しづつ異なる発展を遂げていった。  やがて彼らの村と村の間に道ができ、そこにイフたちが行き来するようになった。私の体は整備され、少しづつ風通しが良くなってきた。  そうなると、村が別の村と合わさって大きな村となり、それがやがて町になった。町には人が集まる。そこには雄も雌もいて、さらに小さなイフを産む。全ての効率が増し、イフの数は一気に倍増した。  私は微笑ましく、イフたちと町の発展を見守っていた。  やがて彼らの中でも富める者とそうでない者の差が、顕著になっていった。  高貴なイフたちは、他の者よりも質の良い衣服を身につけ、立派な住居に住んでいた。あくせく働く必要もないので、他のイフよりも家から出ない事が多かったようだ。  そこで彼らは、紙に(すずり)で溶いた黒を使って、文字を(したた)め、送り合うことを始めた。互いに会わずとも感情を交換しあえるのだ。高貴な白イフたちは、いつの間にかそんな便利な風習を発明していた。  そこには「()し」とか「嫌ふ」などの、一般のイフが使わない言葉が用いられた。  婉曲(えんきょく)表現を使うぐらい、イフたちの精神が高められていた事は、驚愕(きょうがく)に値する。『嫌い』を薄衣(うすごろも)に包んで渡すなど、粗野な生き物がやれる事ではない。    私はこのまま彼らが、少しでも高次な生命体に近づいてくれる事を切に願った。  しかし、そうはならなかった。イフは磁石のように相反する二つの側面を備えた生き物だったのだ。
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