二 運命

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二 運命

「痛っ……!」  するどい痛みで、一朗は目を覚ました。左右のかかとに、何かがささったような――。  彼は自分が、地面にあお向けに寝かされていることに気がついた。その周りを、あの背広の三人がかこんで見下ろしている。マッチョの男はどこか不満そうな表情で、他の二人はどこか楽しそうだ。  一朗はすぐに体を起こしたが、自分の服装がまるでちがっているのが目に飛びこんできて、声を上げてうろたえた。 「何、これ……!」  彼が着ていたのは、灰色で体にぴったり張りついたロングTシャツとスパッツだった。ジムで運動する人が着るような服だが、表面はよく見ると虹色に光っていたし、スパッツはつま先まで包みこんでいた。あばらが浮かび上がるほどうすい布なのに、どういうわけか寒さを感じない。呼吸の苦しさも治まっている。 「何これ! ぼくの服はっ?」  一朗がふたたび言った。すると、彼の右側に立っていた女の人がかがんで、彼のかたわらにたたんであった服を指差して言った。 「ちょっと、着がえさせてもらったわよ?」  一朗は何か言おうとしたが、ふと下半身の感触がおかしいことに気がついて、顔を赤くした。パンツをはいてないのだ。その様子を見て女の人は笑った。 「ウフフッ。大丈夫よ。お姉さん、見慣れてるか・ら♪」 「なんでっ……。なんで着がえさせたのっ……? ぼくに何をさせるつもりっ……? 記憶を消すんじゃ……」  地面に座ったまま身がまえる一朗の左側から、めがねの男が体を乗り出して言った。 「何をさせる、じゃありません。きみが何をするか、ですよ。記憶を消すのは中止です。きみは言いましたね。戦いたい、怪物がいるならたおしたい、と……。その願いを、かなえましょう」 「それって、つまり……、あんたたちの……。でも……」  一朗は言いながら目を泳がせた。すると女の人が、両手を顔の前で蝶々のように広げて、親指の付け根あたりをトントンと打ちつけ合わせた。  「左右のかかとを、すばやく三回、打ち合わせるのよ。一秒以内に三回、ね」 「けど、ぼくは……」  一朗は顔をそむけた。言う通りにしたら何が起こるのか、直感で分かったからだ。が、今度はふたたびめがねの男が顔を近づけて言う。 「わたしたちの手助けをしてほしいのです」 「だけど……」  その時、腕組みをしてずっとだまっていたマッチョが、がばっと一朗の足元にひざまづいたかと思うと、彼の両足を引っつかみながら声を上げた。 「じれってえな! 自分の言葉に、責任持てよ!」  彼は一朗の足を片方ずつ持ち、黒板消しでもたたくように、すばやくかかとを打ち合わせた。  ゴツゴツゴツッ!  その瞬間、一朗のかかとから、稲妻が全身を駆けめぐった。心臓の鼓動は早まり、関節が痛くなったかと思うと、手足がみるみる伸びていった。骨はごつごつと太くなり、続いて筋肉がもりもりふくらんできた。灰色のシャツとスパッツがそれに合わせて伸びる。胸の上にもひざの上にも筋肉のかたまりが乗っているのが分かる。まるで彫刻のダビデ像のようだ。つまり――。 「体が……、大人に……! ムガッ……?」  一朗はそう言いかけて、口の中に異変を感じた。石が出てきた、と彼はあわててはき出した。が、彼が片手で受け止めたのは、十本ほどの、歯だった。 「うわあっ……!」  一朗はおびえた声を上げたが、周りの三人は笑っている。めがねの男が言った。 「心配いりません。きみの乳歯ですよ。残っていた乳歯が全部抜けて、今は永久歯が、親知らずまで全部生えているはずです」  一朗は舌で口の中を探ってみた。たしかに、抜けかけだった所も生えかけだった所も、今までなかったはずの奥の奥まで、すべて歯が生えそろっている。  一朗は立ち上がった。目線の高さが全然ちがう。大人の身長だ。大人になった。いや、それ以上だ。外見はたくましく美しく、内側からは力と自信がわき起こってくる。目も今までより、ずっとはっきり見えるし、耳をすませば周りの三人の心臓の音まで聞こえる。のども胸も、かつてないほどすがすがしい。  一朗は自分の体を見ながら、腕を回したり屈伸をしたりして、それから何気なくジャンプした。 「わっ!」  一瞬、何が起こったのか分からなかった。彼はものすごい勢いでぐんぐん上昇し、二十メートルも飛び上がって、周りの竹のてっぺんから頭を外に出したところで、ようやく下降し始めた。  彼は下を見た。地面がしだいに勢いを付けてせまってくる。そして着地しそうな地点に、なんと折れた竹の根元が、とがった先をこちらに向けて待ちかまえている。  まずい、突きささる……! 一朗は体をちぢこまらせ、なんとか被害を少なくしようと、片足だけを竹に向かってすっと伸ばした。  バクァッシャアアッ!  伸ばした足に触れた竹が、かわいた派手な音を立てて、粉々にくだけ散った。 「やっぱりがきだな……。目立つことするなよ」  マッチョの男が、一朗に声をかけた。一朗は数メートルはなれた所で、三人に背を向けたまま、目を丸くしている。  彼は三人の方にふり向いて、それからふたたび自分の体を見た。すると、なんと自分がいつの間にか、ワイシャツと黒い長ズボン、それから黒い革靴を身に着けている。が、ふしぎに思って彼が服に手をやると、感触がおかしい。えりをつまんだつもりなのに何もなく、ズボンの布を触ったつもりなのに、元のスパッツの感触しかしない。  一朗が首をかしげていると、めがねの男が言った。 「ホログラムと催眠術を利用した、まぼろしが見えているのです。じっさいには、きみはさっきの灰色の下着しか付けていません。裸の王様みたいにね。……ですが、それではポケットすら付いていないので……」  そう言いながら近づく彼の手には、黒い背広の上着があった。 「それ……、ひょっとしてぼくの……?」  めがねの男は、にっこりうなづいて答えた。 「スーツ、ですよ。きみのね。……おや? ひょっとして、スーツと言えば、けばけばしいぴちぴちスーツの方が好みですか? それとも、むだに長いマントとか?」  一朗は首を横にふった。だんぜん、こっちの方がかっこいい。ぼくもこの背広を着てみたい……!  めがねの男は一朗の後ろに回って上着を広げた。一朗の腕は吸いこまれるように袖を通り、黒くなめらかな布地が体を包みこんだ。 「ネクタイ、してあげるわ。どれがいい?」  女の人が一朗に近寄りながら言った。手にさまざまなネクタイをかけている。一朗が他の三人を見ると、めがねの男は深緑、体格のいい男は黒地に白いななめ縞、女の人はネクタイなしで、やたら胸元が開いている。 「む……、いや、えっと……、その、じゃあ、その赤っぽいやつ……」  女の人が顔を近づけてネクタイをしめてくれる間、一朗は顔まで赤くしていた。じっさいにはワイシャツは存在していないので、首に直接ネクタイをまいている。女の人はネクタイをしめ終わると、ちょっとはなれて一朗にウインクした。 「似合ってるわ。すごく大人っぽい」  一朗ははずかしさと、そしてこみ上げる嬉しさで、いっそう顔を赤くした。鏡はないが、自分でかっこいいと確信できる。自分のことをそんな風に思えるのは、おそらく初めてだ。  が、彼は急にわれに返って、三人を見回しながら、気になったままだった疑問をふたたび口に出した。 「あの……、先輩たち三人も……、ほんとは小学生なんでしょ……? ちゃんと教えて、くれるんだよね……? 三人は……、ぼくがなった、これは……、いったい、なんなの……?」  すると、ほほえみを浮かべていためがねの男が、真剣な表情になって言った。 「わたしたち、そしてきみが今夜なった存在、それをわたしたちは、『超人』と呼んでいます」 「超人……」 「そしてきみも見た、あの怪物……」  めがね男が言いかけたところで一朗はようやく気がついた。あの、たおされた中年男性の姿がどこにもないのだ。一朗がきょろきょろしていると、女の人が彼に言った。 「あなたが気を失っている間に、あのおじさんは別働隊が処理したわ」  一朗はそう言われてもまだきょろきょろしていたが、めがねの男が言葉を続けた。 「先ほどのような怪物を、わたしたちは『童鬼(どうき)』と呼んでいます。童話の童に、鬼、です。童鬼についてはまだ分からないことも多く、世間に公表できる段階ではありません。パニックを防ぐためです。わたしたちは秘密の組織に所属していて、かげで彼らと戦っているのです」 「童鬼……」  一朗の頭は疑問でいっぱいだったが、何からたずねるべきか考えている間に、めがねの男が、手をひらりと動かしながら言った。 「わたしの名前は木嶋(きじま)(しん)です。彼女が犬山(いぬやま)鈴子(すずこ)さんで、彼は猿渡(さわたり)武志(たけし)くん」 「よろしくね、一朗くん♪」  犬山と紹介された女の人が、ふたたび一朗にウインクした。一方で、猿渡という例のマッチョ男は、腕組みをして、きびしい目つきで言った。 「……言っとくが、お前はまだ見習いだからな。肝に銘じておくように」 「猿渡くん、彼はまだ正確には、仲間になるとは言ってませんよ?」  めがねの木嶋がそう言うと、猿渡は苦い顔をした。たしかにそうだ、と一朗は気づいた。スーパーパワーとかっこいいスーツを身に着けて、すっかり舞い上がっていたが、疑問や不安を残したまま、やると決めるのはよくない気がする……。  うつむき気味の一朗に、木嶋が声をかけた。 「百地くん。童鬼は増え続けています。わたしたち三人だけでは、いずれ角台市の平和も保てなくなる。きみの力を貸してほしいのです」 「でも……」  犬山も言う。 「一朗くん、あなたならできるわ。お姉さん、保障する♪」 「けど……」  するとマッチョの猿渡が、木嶋と犬山に言い放った。 「おい、やらねえってんなら、さっさと記憶消して家に帰そうぜ。任務にもどらねえと」  ここまで知って記憶を消されちゃたまらない、と一朗は思った。それに、この大人の姿を手放すのも……。彼はくちびるをぎゅっと結んで、鼻から少し、ため息をついた。しかたない……。たのまれごとは、慣れてる。 「やる……。やります……」  一朗は言った。木嶋と犬山はにっこりと、猿渡は口のはしっこだけで、三人は笑った。 「歓迎しますよ、百地くん。差し当たって最初の任務は……」  木嶋の言葉に、一朗は息をのんで身がまえた。 「変身を解除し、何ごともなかったかのように家に帰ってすごすこと、です」 「……え、それだけ?」 「重要な任務ですよ。超人と童鬼について、一般人に知られないようにするのは。分かりますね? これからきみは、家族だろうと友人だろうと、いっさい秘密をもらしてはいけません」 「もし知られた時は……?」 「別働隊が処理します。きみもふくめてね」  彼らが時々『処理』という言葉を使うのが、一朗には不気味だった。ここは言う通りにした方がいいだろう。
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