三 任務

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三 任務

 稲妻がかかとから全身を駆けめぐる。骨は伸び、筋肉はふくれ上がる。体が熱い……!  木嶋たち三人は、なんと一秒後には、大人の姿になっていた。そしておどろいたことに、一朗自身も、今回はほとんど一瞬にして変身を終えていた。ぶかぶかだった背広のそでが、もうぴったりになっている。 「や~っとこの姿になれたわ♪ 待ち遠しかった~!」  犬山が、結っていた髪をほどき、大人の色気をふりまきながら言った。マッチョになった猿渡が、それを見て顔を引きつらせる。 「鈴子、お前、キャラ変わりすぎなんだよ」 「ホ・ワ・イ・ト、よ? やぼなこと言わないの。大人の姿を楽しみましょ?」 「そういうのが、ガキなんだよ……」  二人のやり取りを見ながら、一朗は愛想笑いを浮かべていた。正直に言って二人とも、そして今めがねをかけている木嶋も、一朗自身も、変身前とは完全に別人だ。あと十年くらいしたら、みんな今の姿のようになるのだろうか。それとも、これは理想の姿にすぎないのだろうか……。 「おう、お前、ネクタイしろよ」  猿渡が一朗に言った。彼自身、黒地にななめ縞のネクタイを結んでいる最中だ。一朗は背広のポケットに入れておいたネクタイを取り出して広げたものの、結び方が分からない。その様子に気づいて、犬山が言う。 「結べる? お姉さん、またしてあげよっか」 「甘やかすな。おれが教えてやるよ」  猿渡が言った。彼はほとんどしめ終わった自分のネクタイを、おしげもなくほどいた。 「あ、ありがとう……」  こうして猿渡に、ああでもない、こうでもないと言われながら、一朗は初めてネクタイの結び方を知った。次回、もう一度聞かなければいけないだろうと確信したけれど……。 「よし」  猿渡が言う。 「ネクタイの色がコードネームだ。おれはブラック。木嶋はグリーン、鈴子はノーネクタイだからホワイトだ。……で、これ、何色だ? ピンクか?」 「えっ! 赤でしょ?」  一朗はちょっとあわてた。深緑色のネクタイをしめ終えた木嶋が、一朗のネクタイにスマートフォンの光を近づける。 「紅色ですね」 「ストロベリーね」 「やっぱりピンクだ」  一朗以外の三人が同時に言った。正直なところ、一朗にはピンクと赤と紫の間くらいに見える。が、コードネームが『ピンク』になるのは、一朗にはさすがに抵抗があった。 「あのっ、赤っぽいから、レッドでいいんじゃないかなっ……?」  一朗は声を上ずらせてそう言った。他の三人は少し笑った。ひょっとしたら、からかわれていたのかもしれない。 「それでは、レッド」  木嶋が言った。彼はいつの間にか、黒い革製の、四角くて平たい書類かばんを二つ持っていて、一つを一朗に手わたした。中を見るように手ぶりで示す。入っていたのは、ブレスレットのような金属の輪と、カードのようなプラスチックケースだ。木嶋が言う。 「ケースの中には錠剤が入っています。仲間のあかし、通称、キビダンゴ。成分は、ビタミン・ミネラルとバクテリアのかたまりです。一日一錠を目安に飲むようにしてください。変身に必要な栄養をおぎないます」  一朗はそう言われると、ケースからチャッと黄色い一つぶを出して、つばですぐに飲んでしまった。病気がちだったので、薬を飲むのは慣れているのだ。木嶋は両まゆをちょっと上げた後、真面目な顔にもどって説明を続けた。 「では、もう一つのアイテム……、それは、キンコジと呼ばれています」  一朗は改めて金属の輪を見つめて、息をのんだ。大きさこそちがうが、これを見るのは、初めてではないからだ。木嶋は声を落とすようにして言う。 「お分かりですね? それは、童鬼の力を封じる物です。さあ、そろそろ行きましょう」  猿渡が、腕を回しながら言う。 「任務だな」  犬山はしげみから肩ひも付きの書類かばんを出しながら、 「どういう風に行く?」 と木嶋にたずねた。木嶋はスマートフォンを少し見てから言う。 「まだ明るいですから、最初は二手に分かれましょう。わたしとレッド、ホワイトとブラックの組み合わせです。わたしたちはここから市内東側を中心に、きみたちは西側をお願いします。まずはパトロールです」 「承知した。見習いレッド、しっかり仕事を覚えろよ」  猿渡が一朗に言った。 「はい……! よろしくお願いします……!」  一朗は少し大きな声で返事をした。胸にせまりつつある、不安と恐れをごまかすかのように。  夕暮れの住宅地の中、歩きながら話す木嶋から半歩下がって、一朗が付いていく。おそらく周りの人の目には、セールスマンか何かの先輩と新人に見えているだろう。  木嶋が、周りには聞き取れないくらいの音量で言った。 「いい演技ですよ。演技は超人にとって大事なことの一つです」  一朗も同じように小さめの声でたずねる。 「……超人って、なんなの? いや、それよりもまず、童鬼……。あの怪物は、何? そろそろもっと、くわしく教えてほしいんだけど……。あれは、妖怪とか宇宙人が化けてたの? それとも……」  木嶋は、声を低くして言った。 「あれは、人間です。人間の、成れの果て……。変わり果てた、人間の姿です」  いやな予感はしていた、と一朗は思った。木嶋は続ける。 「人間が変化して童鬼となるのです。人間、それも大人が、理性をなくし、ふくれあがって凶暴化した存在。それが、あの童鬼なのです」 「大人が……! なんで、そんなっ……。原因は何っ?」  一朗は問いつめるように言ったが、木嶋は顔をふせ気味にして、こう言った。 「……原因は、いまだに分かっていないのです……。病原体なのか、電磁波のせいなのか……、人間の遺伝子の寿命なのか、生活習慣のせいなのか、はたまた呪いか、悪霊か……」  一朗はおそろしくなった。原因が分からない病気ほど、おそろしいものがあるだろうか。 「この現象は進行するということは、分かっています。段階があるのです」 「段階……?」 「初めは、内面の、ほんのささいな変化から始まります」  一朗は身がまえるようにしたが、木嶋が続けた内容は、少し意外だった。 「例えば……、平気でうそをついたり、かげ口を言ったり、ごみをぽい捨てしたり、テレビやゲームを一日中やったりするのです」  一朗はちょっと鼻から息をついて、思った。ゲームはまだしも、どれも憎むべきことだ。平気でうそをついたりぽい捨てをするなんて、自分には信じられないことだが、童鬼だというならなっとくがいく……。  しかし彼がそう思っていると、木嶋は見すかしたように言った。 「これを童鬼の第一段階と呼ぶことに、なってはいますが、そう呼ぶのが本当に正しいのかどうかは分かりません。そういう行動をやめられる人もいますし、逆に、うそつき以上の何者にもならずに、年を取って亡くなる人もいますからね。……ですが、こういった人間、特に大人は、次の段階、つまり第二段階に進むことが多いのです」  一朗は歩きながら、木嶋の話に耳を集中させた。 「童鬼の第二段階となった者は、暴力的になり、欲望をおさえず、犯罪行為をためらわなくなります。顔つきも変わってくるので、慣れれば見分けることもできます。……そして、やがて行き着くのが、第三段階。これが、昨夜きみも見たような怪物です。巨大化し、理性を完全に失う。物を破壊し……、人間を、むさぼり食うのです」  一朗は青ざめながら声を上げた。 「食うっ……、食べるっ? 人間を……! ひょっとして……、最近の、不気味な事件や行方不明は……!」 「その通りです。それらはすべて、童鬼が関わっています。そして……、残念ながらわれわれ超人が、力およばず防げなかった結果なのです」  一朗は足を止めて立ちつくした。人間が、化け物になって、他の人間を食べる……。その原因は、分からない……。それどころか、食べられたり殺された人の家族や親しい人は、何が起きたのかすら、知らないにちがいない……。 「……童鬼を退治したり、証拠を消したりしているのが、超人……?」  一朗はふたたび歩きだしながら、木嶋に聞いた。 「そうです。ちなみに童鬼が初めてこの世に現れたのは、二百数十年前のヨーロッパだと言われています。日本の場合はおよそ百五十年前。そしてそれと同じころから、超人は各国に存在していて、現在と同じように、かげで童鬼と戦ってきた……、そう言われています」 「……もしかして……、超人のことも、あんまり分かってないの……?」  一朗はまゆをしかめてたずねた。すると木嶋は、少し困ったような顔をして言った。 「面目ないですが、その通りです。わたしたちは組織に属していますが、組織の名前すら知らされていません。わたしは一応、この角台市担当班のリーダーなので、上の人間と多少のやり取りもしますが、それよりさらに上のことも、全体がどうなっているのかも教えてもらえません。おそらく、警察の上の方とつながりがあるのだろうというのは、推測できますが……」  その時ふいに、木嶋が足を止めた。どうも、耳をすまして何かを聞いているようだ。一朗も立ち止まって、木嶋が耳をかたむけている方向に、耳をすましてみた。超人の力で、まるで耳が切りはなされて飛んでいくかのように、遠くの音が聞こえてくる。そして……。 「あっ……!」  一朗は声をもらした。どこかの家の中で、大人の男の人が、はげしくどなっている。ガラスか何かが割れる音や、女の人の泣く声も聞こえる……。木嶋が一朗に言った。 「きみにも分かりましたね。行きましょう」  二人は早歩きで、音の聞こえる方に向かった。住宅地を二百メートルほど行った所に小さめの一軒家があり、声がその中から聞こえている。今は先ほどまでのはげしさは落ち着いていて、女の人のすすり泣く声と、男の人が不機嫌にぶつぶつ言う声が、超人の耳なら聞こえる、というところだ。木嶋は家の前に着くと、スマートフォンを出しながら一朗に説明した。 「ここのご主人は定年退職したばかりでして……。年金もわずかですから、何か仕事をしなければいけないのですが、なかなか決まらず……。明るいうちから酒を飲んで、奥さんや物に八つ当たりするのです」  一朗は不安な表情で木嶋に聞く。 「その人は、童鬼なの……?」 「んー……、むずかしいところです。第一段階から第二段階になるところのようにも思えますが、ただ気が荒れているだけとも言えます……。まだなんとか、奥さんに暴力はふるっていません。引き続き、監視が必要です」  一朗はなんとなく不満な思いを感じたが、その時ふたたび木嶋が、どこかに耳をすましたのが分かった。 「……レッド、少し走ります。付いてきてください」  木嶋はそう言うと、周りをすばやく見わたしてから、突然ものすごい速さで走りだした。一朗もあわてて、けれどしっかりと付いていく。道行く人には会わなかったが、もしだれかのそばを通りすぎても、つむじ風だとしか思わないだろう。二人ともそんな速さだった。  数秒後、公園の近くの家のかげで速度を落とした木嶋は、ふいにかがんで、落ちていた空き缶を拾った。少し先には制服姿の男子学生が三人、げらげら笑いながら歩いている。 「ちょっときみたち! 今、これ捨てませんでしたか?」  木嶋が大きな声で、学生たちに言った。一朗も木嶋の向かう方向に耳をすましていたので、彼らが缶をぽい捨てしたらしいことは分かっていた。が、一朗は、どうして木嶋が大急ぎで走ってきて、こんなことをしているのかが分からない。  木嶋は缶を持ったまま、小走りで彼らに近づいていく。一朗も付いていった。学生たちは無視しようとしたが、木嶋が前に回りこんだので一人が声を上げた。 「はあ? 知らねーよ。証拠あんのかよ、おっさん」  彼らは中学三年か高校一年くらいだろうか。じっさいには、彼らの方が木嶋や一朗より年上なのだが……。 「んー……、でもわたし、実は見てたんですよね。ほら、向こうに自販機のごみ箱もあるんですから……」 「じゃ、自分が捨てれば?」  一人が言って、他の二人が笑った。しかしここで、木嶋の表情は急に険しくなった。彼は言った。 「……自分? 自分とは、だれのことですか? 缶ジュースを飲んだのはだれなのですか? ぽい捨てしたのはだれなのですか? それを周りで見て見ぬふりして、へらへらしているのはだれなのですか? 答えてください。毎日ここを通って学校に行くのはだれですか? そうしてだれかが捨てた缶を、だれかにいやな思いをさせて片づけさせるのは、いったいどこの、だれなのですか?」 「グ……、知るかっ!」  一人がそう言い放って、学生たちは早歩きで行ってしまった。木嶋は追わなかった。 「……いいの?」  一朗がたずねた。木嶋は空き缶を持ったまま、鼻からちょっとため息をついて言う。 「さすがに少しは、伝わったでしょう。……彼らを童鬼の第一段階だと見なすことは、可能です。ですが先ほども言ったように、第一段階ならば、きっかけしだいで治ることもあるのです。今のが、そのきっかけになれば良いのですが」  一朗には、木嶋の考え方が、なんとなくだが、分かってきた。多分彼は、できれば自分たちで立ち直ってほしいのだ。  ここで、ふと一朗に疑問が浮かんだ。 「……あれ? ……童鬼は、子供もなる……?」 「基本的には大人がほとんどですが……、子供でも、ありえます。十一歳でなった童鬼も、確認されています」  木嶋は一朗の質問に答えると、公園内に足をふみ入れた。反対側に見える自動販売機に向かうようだ。一朗も付いていきながら、木嶋にさらにたずねていった。 「大人の方が、童鬼になりやすいってことなんだよね? それはなんで?」 「分かりません。……猿渡くんは、そのあたりに関して持論があるようですが……」 「逆に超人は、子供だけなの?」 「上の人間はさすがに大人だと思われますが、現場に出ているのは、おそらく子供ばかりです。理由の一つは、大人は童鬼になりやすい、つまり反対に、子供の方が童鬼になりにくいから、でしょう」  結局、疑問はそこに、もどるわけか……、と一朗は思った。  自動販売機までたどり着くと、木嶋は例の空き缶を、わきにあったごみ箱に入れた。 「さて、パトロールを続けましょう。次は市役所の方に行きます。ちょっと走りますよ」  こうして二人は、市役所の方向に向かって、風のような速さで走りだした。
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