四 童鬼

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四 童鬼

 それから数日間、一朗は木嶋たち三人に付いて、共に超人の任務をこなしていった。  童鬼となった人間の活動がさかんになるのは夕方以降がほとんどらしく、一朗は昼間は学校や家で、ごく普通の子供らしくすごした。聴覚は超人の力のままだったので、彼は授業中でも時々町の様子をうかがってみたが、事件は起こっていないようだった。  任務が始まるのは、放課後。休みの日なら三時すぎからだ。基本的な流れは最初の日と同じで、人目に付かない所で変身した後、リーダーの木嶋の指示に従い、町をパトロールする。童鬼の第一段階の人、またはそのうたがいがある人の様子を探ったり、ちょっとした悪事を注意していく。迷子のお世話などの人助けをすることもあった。  たいてい、そうこうしているうちに童鬼の第二段階、つまり犯罪を行おうとする者の手がかりが見つかる。四人は現場に駆けつけ、童鬼にキンコジをはめて凶暴さを封じるのだ。できれば、周りの住民に知られることなく。 「レッド、今だ!」  猿渡が遠くから一朗に言った。この夜、彼らは自分たちの小学校の近くに住む、六十代の男に目を光らせていた。四手に分かれて相手を待ちぶせし、すきを見て一朗がキンコジをはめた。 「なっ……! がっ、ががが、がき、がきいいいぎぎぎ……!」  顔の肉のたるんだ、つるっぱげの男の頭に、無事に金の輪がはまった。輪は光り、男はうめき声を上げる。ガチンと音がして、男の手から金づちが地面に落ちた。恐ろしいことだが、この男は近所の子供たちの声がうるさいと日ごろから言い張っていて、これから危害を加えにいくつもりらしかったのだ。 「……やった……!」  一朗は胸をなで下ろすように言った。童鬼の第二段階だった男は目を閉じて、恐ろしいほどの怒りの形相も引いた。ぐらりと体のバランスをくずしかける男を、一朗はあわてて支える。木嶋たち三人も集まってきた。 「ふん、まあまあだな」 「お疲れ様♪ すごくいい動きだったわよ?」  猿渡と犬山が一朗に言った。続けて木嶋も言う。 「この手の童鬼一人が相手なら、もう問題なさそうですね。では、その人を家まで運んでやってください。ホワイトはレッドの手伝いを。わたしとブラックはそこの林にいます」  一朗は男をわきにかかえるようにしたが、犬山がとなりに来て言った。 「こういう時は、よっぱらいに肩を貸すみたいにするといいわ」  一朗は彼女の言う通りにして、一緒に酒を飲んでよっぱらった人を家に送り届ける演技をしつつ、童鬼になった男を運んだ。犬山も演技して男の背中をさすりながら、顔を近づけてぶつぶつ話しかける。記憶を消すための催眠術だろう。  間もなく男の家に着くと、一朗と犬山は、男を郵便受けに寄りかかるように立たせた。男は目を半分開けて、ぼんやりしている。犬山が言った。 「これでいいわ。これからは子供をもっと、かわいがってほしいわね」 「うん……。小学校の近くなんだから、うるさくたってしかたないのに……」 「きっとこの人自身が、おっきい子供なのよ。子供がはしゃいでるのが、うらやましいんじゃない?」  一朗がだまって男をあわれに思っていると、犬山が言った。 「……ま、しばらく大丈夫でしょ。次、行きましょ? あなたも超人に慣れてきたみたいだし、たよりにしてるわ・よ♪」  一朗は少し顔を赤らめた。たしかに自分でも、とっさに動いたり、演技をしたりできるようになってきたと思う。まだ最初に三人に出会った夜以外、第三段階の童鬼には出くわしていないものの、木嶋も言ってくれた通り、第二段階の犯罪者相手なら、このままやっていけそうだ。そして正直に言えば、一朗は超人としての活動が楽しかった。  さて、四人は小学校裏の林の中で、ふたたび合流した。真っ暗な中、木嶋の持つスマートフォンの画面だけが光っている。画面を見つめていた彼は、一朗と犬山が寄ってくるとゆっくりと顔を上げた。その表情はどこか暗く、険しい。彼は声を落として言った。 「……この町に、大童鬼(だいどうき)が現れた可能性があります」  犬山は息をのんだようだった。猿渡も険しい顔をしている。 「大、童鬼……?」  一朗は木嶋の言葉をくり返した。他の三人の様子で、それが不吉な存在であることは理解できたが、いったいどれほど危険だというのか……。  木嶋は次のように言った。 「童鬼の第三段階、つまり怪物化した童鬼の、さらに悪化した姿……。すなわち、第四段階に当たります。実際に大童鬼を見たことがあるのは、この中ではわたしだけですね……。大童鬼はそう呼ばれる通り、第三段階よりもさらに体が大きく、それに加えて、非常にやっかいな性質を持つようになるのです。今から言うのはわたしの持論ですが……」  そう言いながら木嶋は猿渡の顔をちらりと見た。猿渡はすかさず言う。 「いや、もうなっとくしたよ。お前の説に沿って考えるべきだ」  木嶋はちょっとうなづいて、話を続けた。 「……レッドのためにも、初めから説明しましょう。人間が凶暴化して童鬼になる、その原因はいまだに分かっていないということは、話しましたね」  一朗はうなづく。最初のパトロールの時の話だ。木嶋は続けた。 「組織の中でも、童鬼の原因についてはいまだに様々な意見があります。ウイルス、食べ物や薬、公害、精神の腐敗……、悪魔のしわざだと言う者さえいるそうです。……が、わたしの意見では、ウイルスが一番近いのではないかと思っています」  一朗は寒気を感じながら言う。 「ウイルス……! それってつまり……!」 「そうです。童鬼は、移る、感染するということです」 「でもっ、ウイルスだったら、今の、特に超人の組織の科学力なら、はっきり分かるし、どうにかできるんじゃないの?」  一朗がまくしたてるように言った。彼は言いながら他の三人の顔をうかがったが、彼らの表情は暗い。木嶋は少し間を置いてから一朗に言った。 「……そこが問題で、わたしがウイルスに、近い、と言った理由です。ウイルスのように感染すると思われるけれども、今まで見つかったものは何もないのです。そしてそれゆえに、いまだに原因について、組織で意見がそろわない」  一朗は、心のどこかで、木嶋の説にまちがいがあればいいと思いつつ、彼にたずねた。 「えっと……、じゃあ先輩が、童鬼は移るって考える理由は、何……?」 「増え方と減り方の観察です。例えば童鬼が生活習慣病のようなものなら、急に増えるということはありませんし、もし公害のようなものなら、原因を取りのぞかない限り、減りはしません。童鬼は年々少しずつ増えてはいますが、ある時、限られた地域で急激に増えることがあるのです」  木嶋の話は理路整然としている。一朗は声を押し殺すようにして言った。 「それが、童鬼が移るって考える理由……。ひょっとして……、そんな話をするってことは……」 「その通りです。童鬼の第二段階や第三段階が急激に増える時、必ずと言っていいほど、大童鬼が現れています。さきほど、やっかいな性質、と言いましたね……。つまり大童鬼は、童鬼を周りに、大量に増やすのです。そしてこの一週間ほどの角台市の童鬼の増え方は、通常よりもかなり速くなっています」  一朗はショックで言葉を失った。四人の間に重い沈黙が訪れる。  しばらくして、ようやく猿渡が口を開いた。 「……ここんとこ、多いとは感じてたがな……。でも思ったんだけどよ、順番は正しいのか? 童鬼全体が増えたせいで、大童鬼が出るのかもしれねえ。ほんとに大童鬼が出たせいで、童鬼が増えるのか?」  木嶋はきっぱりと言った。 「大童鬼が先だと考えられます。大童鬼がいる場合、全体の増え方が段ちがいなのです。おそらく、第一、第二、第三段階の童鬼は、感染力があるとしても、それほど強くない。段階が上がるほど、感染力も上がるのです」  犬山はあごにこぶしを当てて言った。 「じゃあ……、あたしたちの注意をすり抜けた童鬼が、いつの間にか第四段階になっちゃったってことね……」  彼女や猿渡がとても険しい表情をしていることに気づいて、一朗はこう言った。 「でも、すぐ退治すればいいんでしょ……? 大童鬼ってのは、そんなに強いの……?」  木嶋が答える。 「強いことは、強いです。第三段階よりもはるかに。けれども、問題はそこではありません。大童鬼のやっかいな性質は、もう一つあるのです。……大童鬼は、見た目と理性を、コントロールできる。凶暴さをかくして、他の人たちにまぎれることができるのです」 「なっ……!」  一朗は思わず声を上げた。自分の心臓の音が早まるのが分かる。 「今まで以上の怪物が……、ふつうの人間のふりして、町にひそんでるってことっ?」  木嶋はだまったまま、小さくうなづいた。一朗はまくしたてるように言う。 「早くなんとかしなきゃ……! 大童鬼も人を食べるんでしょっ? 居場所はっ? 手がかりはっ? 今すぐ見つけて片付けないと!」 「落ち着け、一朗……!」  猿渡が言った。 「居所が分かってりゃ、四の五の言わずに向かうに決まってんだろうが」  一朗はくやしさでくちびるをかんだが、猿渡の言う通りだ。町のすみずみの様子をつかんでいるような木嶋でさえ、今の時点で大童鬼がどこにいるのか分からないのだ。 「被害者は、まだ出てないのね?」  犬山がたずねた。木嶋は小さくうなづいてから言う。 「今のところは……。時間は、まだあります。大童鬼は、自分自身に何が起こったのか、まだ理解しきれていないはずです。ふつうの童鬼とちがって、ものを考えることができるだけに、凶暴さに任せて人をおそうことに慎重になっているのでしょう」  ここで猿渡が、どこか好戦的な表情をして言った。 「こっちが有利な点もある。……大童鬼は、おれたちを知らないってことだ。超人の存在も、その力も」  犬山と木嶋は笑みを浮かべたが、一朗はとても笑う気にはなれなかった。彼は言った。 「……でも、いったいどうやって見つけるつもり……? それに、こうしてる間にも、大童鬼はウイルスみたいのをまき散らしてるんでしょ? いつ人をおそう気になるかも分からないし……」  すると木嶋は、手にしたスマートフォンを軽くふりながら答えた。 「最近の、そしてこれからの童鬼の現れ方を調べ直してみます。場所や人間関係にヒントがあるかもしれません。町の監視カメラも、より注意して見ましょう」  猿渡や犬山は軽くうなづいたが、一朗はあせりをおさえられずに言う。 「いっそのこと、警察や町の人に協力してもらうっていうのは? きちんと全部、説明して……」  しかし、三人の表情は気むずかしくなったようだった。少し間を置いて、犬山が言う。 「……それはできないのよ? 童鬼について、一般人に知られてはだめ。町が大混乱になるわ。ふつうの人が童鬼のうたがいをかけられて、つるし上げられることになるかもしれない」 「まさか、そんな……。みんなもっと、ちゃんとしてるはずだよ」  一朗はすがるように言ったが、今度は猿渡が彼に言った。 「お前は分かってねえ。いろんな人がいるんだ。みんなが清く正しくふるまえるわけじゃねえし、そうするべきでもねえ。今はグリーンの指示に従うんだ。……大人になれ」 「それじゃあ間に合わない! だれかが不幸になってからじゃ遅いよ!」  一朗は不満を爆発させてどなった。他の三人はおどろきで目を丸くする。猿渡があわてて言った。 「大声を出すな……! まったく、ガキだな……」  犬山は静かに言う。 「一朗くん……、あなたの気持ちはよく分かるわ。けど、今は冷静にならなくてはだめ」  一朗はだまって、くちびるをかみしめた。すると木嶋が、やや大げさに手を広げ、みんなに言った。 「一旦、休憩にしましょう。ちょうど夕食時です。二人ずつ交代で、家に帰って食事をしてきましょう。今日はずっと気を張りっぱなしでしたからね」  一朗はこれにも反発したかった。任務について以来、たいてい夜はこのような流れだったが、今に限って、ごはんなんか食べていていいのか、と。彼がそう言おうとしたところ、先に猿渡が気の抜けた声で言った。 「じゃあおれ、先で。めし早いんだよ、うち」  彼の様子があまりにものんきだったので、一朗もがっくりと肩の力が抜けてしまった。犬山は他の三人の顔を見回してから、どこか明るい声で言う。 「あたしは……、後でいいかな」 「レッドは、どうしますか? 先に休憩にしますか?」  木嶋が一朗にたずねた。一朗はしかたなく返事をする。 「……いい。……後でいい」  木嶋は軽くほほえんで言った。 「ではすみませんが、お先に失礼して。その間は二人に任せますよ。ホワイト、彼に『水晶玉』の使い方を教えてあげてください。引き続き注意して、お願いしますね」 「了解」  犬山が返事をすると、木嶋と猿渡はかかとを打ち合わせて変身を解除し、しげみにかくした子供の服やランドセルを身に着け、林の外へと出ていった。 「一朗くん、外、歩こっか」  林の出口の方をにらむようにして見つめる一朗に、犬山はそう声をかけた。 「……で、ここを押すと日付けもさかのぼって見られるわ。最初の画面にもどる時はここね」  夜道を歩きながら、犬山が一朗にスマートフォンの画面を見せる。町の監視カメラの映像を見るための、いわゆるアプリの説明をしているのだ。周りに人気はない。 「ほら、これ見て」  犬山が少し操作すると、画面に、背広姿の二人の人物を上の方からながめている映像が出た。これは一朗と犬山だ。一朗は周りを見わたした。おそらく、今通りすぎた所の外灯に、カメラが付けられているのだろう。犬山が画面を切りかえると、他にも無数とも言えるほどのカメラ映像が並んでいた。 「オッケーね? あなたも使って見てみて。これで少しは安心してくれたかしら? さっきはびっくりしたわよぉ? 急におっきな声出すんだもん」  犬山はカメラの映像を調べつつ、横目でちらちらと一朗の顔を見た。一朗は少し気まずさを感じながらも、口をとがらせて言う。 「……でも、やっぱりまだ足りないと思う……」  犬山は少し間を置いてから、一朗の目を見て言った。 「分かるわ。あたしだって、手をこまねいてるみたいで悔しいもん。けど、秘密は守らなくちゃだめ。みんながおたがいをうたがい始めたら、それこそ不幸なことになるわ。それは分かってくれるわね?」 「……分かった」  一朗はしかたなくそう答えた。犬山は少し笑って言う。 「ありがと♪」  一朗はここで、自分がなぜあんなに大声を出してしまったのかが、なんとなく分かった気がした。彼は、つぶやくように言った。 「さわ……、ブラックが、『大人になれ』だなんて言うからさ……。よく言われるんだ、家で……。『わがまま言うな、あんたの方が大人なんだから』って。あっ、ぼく、妹がいるんだけど……」  犬山は身を乗り出すようにしながら言う。 「分かる……! あたしも弟がいるから。それも二人……! お母さんにもお父さんにも、『お姉ちゃんでしょ』って、すぐ言われるの」 「うちの場合は、『お姉ちゃんでしょ、って言われると自分がいやだったから、「あなたの方が大きいんだから分かるでしょ?」ってお母さんは言うの』って、言うんだ。……言ってること、分かる?」 「フフッ。大丈夫、分かるわ。結局それも、思ってることを分かってもらえない、って、子供は感じるだけなのにね。武志く……、ブラックは下の子だから、あんまりそういうの分かってないのよ」  一朗は少し笑って、それからたずねた。 「えっと、ブラックとは、仲いいの?」 「いーやいやいや……! ただ幼なじみってだけ! あたしたち近所で、二人とも生まれた時からここに住んでるから」  犬山は早口でそう言いながら、スマートフォンの画面に視線をそらした。一朗はちょっとほくそ笑みながらも、話題をずらして言った。 「生まれた時から、って、なんかすごいね……。ぼくは二回も引越ししてるから」 「まあ、はっきり言って片いなかだし、かわいい服売ってるお店もないけど……。一応、愛着みたいなのは、あるかな……。自分の町だからね」  そう言うと彼女は顔を上げて、家々の明かりを見やった。 「だから、町の人たちに、平和にすごしてほしいの。そのためなら、ちょっとくらい大変でも、頑張れる」  一朗も町の明かりを見つめ、やがてふたたびたずねた。 「先輩たちは、どうやって超人になったの?」  犬山は答える。 「あたしとブラックは、あなたと同じね。去年、二人で学校の帰りが遅くなった時に、たまたま超人と童鬼の戦いを見ちゃったのよ。今のグリーンと、さらに年上の人だったわ」 「その先輩は、今はいないの?」 「ん、ああ……、引越ししちゃったの。ちなみに、グリーンは三年生くらいからやってるらしいわ。彼、自分のことはあんまり話さないから、くわしくは聞いてないけど」  三年生から……。一朗は、木嶋がリーダーとして犬山たちに的確に指示を出し、彼女たちも彼を信頼していることになっとくした。犬山はそれを見すかしたのか、一朗にこう言った。 「じゃ、二人と交代するまで、まだ時間ありそうだし、リーダー命令通り、カメラの映像も調べつつ、町を回ろっか。あっ、言っておくけど、ほんとは『ながらスマホ』はだめだからね?」  一朗は少し笑いながらこくりとうなづき、自分のスマートフォンをにぎりしめた。
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