五 決意

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五 決意

 九時近くになって、一朗はようやく家に帰ってきた。家の近くの公園の木のかげで変身を解いたので、すでに子供の姿だ。音を立てないようにこっそり鍵を開けて中に入り、トイレに行ってきたかのような何気ないふりをして自分の部屋に入って、ドアを閉めた。 「ぅう……」  ため息のような、なげきのような声を一朗はもらした。先輩たち三人と別れてから、彼はずっと考えていた。自分の中にはっきり現れた、おさえきれない、凶暴さと醜い感情……。それは、今まで見てきた童鬼から感じられるものと、同じだ。  彼は思った。おそらく、自分は童鬼に感染してしまったのだ。十一歳で童鬼になった子供もいると、木嶋は言っていた。一朗も今年中には十一歳になる。童鬼になってもおかしくはない。彼はおそろしさでふるえた。 「なんて、不幸なんだ……。どうしてぼくが……」  一朗はベッドに座ってつぶやいた。どうしてぼくがこんな目に、と彼は思った。ぼくは童鬼から他の人を守るために戦ってるのに。……いや、ひょっとしたら、そうやって、たくさんの童鬼と会ってきたからうつったのか? ……でも、先輩たちは、うつってない……。ぼくが悪いのか……? 猿渡先輩は、言っていた。童鬼になる最初の段階は、恨みみたいなものだ、と。今自分の中にどす黒くうねっている感情は、まさにその、恨みなのでは? それじゃあやっぱり、ぼくが悪いって言うのか? 「くそっ! なんなんだ! なんなんだよこれはっ! なんなんだ童鬼ってっ!」  一朗はさけび声を上げた。それからすぐにはっとして、家族に聞かれてはいまいかと耳をすました。が、母親と妹は風呂に入っていて、父親はテレビを見て一人で笑っているようだった。  一朗はふたたびため息をついて、それから考えた。……どうすればいい? やっぱり先輩たちにちゃんと言うべき? ……でも、言ったらぼくは、どうなるのだろう。治るのか? 治って、元通り仲間としてやらせてもらえるのだろうか……? もしかしたら、もう資格がないのだろうか? 記憶を消される? ひょっとしたら、超人が童鬼になるなんてめずらしくて、研究施設に行かされるかも……。  一朗はうろたえた。が、このままでは、童鬼の症状はどんどん進んで、すぐに身近な人を傷つけたりするだろう。周りに童鬼をうつすかもしれない。治さなければ……。  ここで、一朗はキンコジのことを思いだした。返してもらった自分のキンコジを、すぐに背広から引っぱり出す。 「そうだよ……。自分にはめればいいんだ……」 一朗は改めて金色の輪を見つめた。一か所太くなっているのと、小きざみにうっすらとした切れ目が入っているのをのぞけば、ほとんど両親の結婚指輪のように均一だ。童鬼の原因は分からないのに治せるというのはふしぎだが、元々は何か、昔から言い伝えのある道具を参考にしているのかもしれない。古代エジプトとか、中国四千年の秘宝、とか……。  一朗は頭にはめるために輪を広げようとしたが、ためらいがあった。童鬼にキンコジをはめると、たいていは凶暴さが治まった後、ほとんど気絶したようになる。ここで気絶してしまうのも問題だし、そもそも超人にはめた場合はどうなる……?  一朗はまず試しに、自分の左腕にはめてみた。元のやせっぽちの腕なので、輪は二の腕まで入ってしまう。 「あっ……」  一朗が声をもらした。何かが、ふっと変わったのが分かったのだ。先ほどまでの、胃や胸のむかむか、筋肉のこわばり、頭の中の暴走した感じが、治まった。 「……やった。……あれ……?」  安心したのも束の間、一朗はいやな予感がした。今度は急に、心細いような思いがしたのだ。 「まさか……」  一朗はつぶやいた。この感覚は、初めてではない気がした。というより、以前はずっと、こうだったのだ。超人になる前は。つまり、超人になって手に入れた、わき起こるような心と体のエネルギーが、今は感じられないのだ。  彼は急いで立ち上がって、キンコジは手首から抜かずに上着をぬぎ、灰色のインナーだけの姿になって、かかとを三回、打ち合わせた。  が、何も起きなかった。一朗はすぐに背広のポケットからカード型のプラスチックケースを出し、錠剤キビダンゴを一つ出して飲んだ。栄養不足かもしれないと思ったからだ。  少し待って、彼はふたたびかかとを打ち合わせてみた。が、だめだった。 「変身、できない……」  一朗はおそるおそる、腕からキンコジを外してみた。するとやはり、醜い感情が自分の中に生まれるのが分かった。彼は必死でそれをおさえながら、みたびかかとを打ち合わせた。 「はっ! やっぱり……!」  今度は彼は、変身していた。体は大人で、超人のパワーをひしひしと感じる。ただし、感じるのは、それだけではなかった。童鬼の感情とでも言うべき、凶暴な思いがわき起こったままなのが自分で分かった。なんでもできる超人のパワーがそなわっているせいか、壊したり傷つけたりしてやりたいという思いは、より強くなっているように感じる。もしじっさいにそんなことをすれば、悲惨な被害を出すにちがいない。彼はあわててキンコジを腕にはめた。 「う、ぐううう……」  全身がしめつけられるように痛んで、一朗はうめいた。体は湯気を出しながら急速にちぢんで、すべての力が抜けていく。こうして一朗は元の子供の姿にもどると、ベッドの上に、あお向けにドサッとたおれこんだ。 「どうしてぼくが、こんな目に……」  彼はなみだをこらえながらつぶやいた。もう、変身できない。キンコジを外して変身すれば、彼は超人を通りこして、童鬼になってしまうだろう。それもおそらく、超人のパワーを持った、最強最悪の童鬼だ。 「……大童鬼……」  一朗がつぶやいた。彼はその存在を思い出した。今夜たおした第三段階よりも上の童鬼、そいつが、町にひそんでいるのだった。そいつは凶暴さを発揮する機会をうかがっている。そして、今も周りにウイルスのようなものをまき散らしているのだ。  一朗は考えた。ぼくが童鬼にかかったのも、その大童鬼からうつったんじゃないのか……? いつ、どこで……? ふつうの童鬼の感染力は弱いって、木嶋先輩は言ってた。ぼくは超人になってから童鬼に接してきたけど、そこまで数が多いわけじゃない。おそらく、引っこしてくる前でもない。改めて考えてみても、前の家の近くに童鬼がいた気はしない。……ということは、もしかして……。 「大童鬼は……、ぼくのすぐ近くにいる……?」  一朗はがばっと体を起こした。彼は改めて恐ろしくなった。大童鬼が町にひそんでいるとさっき聞いた時は、まだその意味を理解していなかった気がする。今彼は、ようやく実感した。大童鬼は、自分が今まで出会ってきた人たち、自分のごく身近な人かもしれないのだ。  見つけて、退治しなければいけない。そう一朗は思った。大童鬼にキンコジをはめて、元の人間にもどすのだ。  今の自分の状態では、戦うことはできない。が、耳をすませば、まだ遠くの音は聞こえる。超人の力の一部は、キンコジをはめたままでも、まだ残っているのだ。まだやれることはある。それに、もっと時間が経ったり、大童鬼がその力を失ったりすれば、もしかしたら、この状態も治ってくるかもしれない。超人の回復力しだいだが……。  こうして、彼はやるべきことが分かってきて、ようやく少し落ち着いた。彼は最低限の宿題をすませると、キンコジをはめたままさっと風呂に入って、寝るしたくをした。  ベッドに入ってから、彼はふたたびあれこれと考え、不安になった。やはり木嶋たちにきちんと相談した方がいいだろうか、という思いが一朗の頭をよぎった。が、彼は恐かった。あの三人に、見限られて、すべてを忘れさせられるのではないかと……。  次の日、一朗は朝早くから周りの人々の様子を探り始めた。登校中は超人の力であちこちに耳をすまし、早めに学校に着いて、先生たちや早く来る生徒の雑談に聞き耳を立てた。ふだんよりもずっと積極的に先生や他の生徒に話しかけ、大童鬼の手がかりを探った。自分の言動がちょっとくらい不自然でも気にしなかった。  が、その不自然さに気づいた人物がいた。犬山鈴子だ。彼女の、つまり六年生の教室は一朗の五年生の教室と同じ三階なので、休み時間などには時々顔を合わせることがある。今まではあえておたがいに無視していたが、この日は彼女は近寄って声をかけてきた。 「……百地くん、なんか、変じゃない……?」  犬山は相変わらず、子供の時の姿は地味で、口調も態度もものすごく大人しい。けれど身長は一朗よりずっと高いので、彼はまるで先生に問いただされているような気持ちがした。 「なんか変って、何っ……?」  一朗は必死で何気ないふりをして答えた。犬山は言う。 「いつもとちがう……、なんか、せわしないっていうか……」 「いつもとちがう、って、犬山先輩に言われたくないよ」  一朗がそう言うと、彼女は少し、ショックを受けたようで、一朗はしまったと思った。少しの間の後、彼女は鼻から軽くため息をついて、 「じゃあ、いい……。また放課後ね」 と言って自分の教室にもどっていった。  一朗は、放課後に彼女たちに会うつもりはなかった。大童鬼の手がかりや証拠を見つけて、三人に伝え、退治してもらうしかない。  さて、彼は学校でさまざまな人たちに、例えば給食センターのおばさんにまで話を聞いたが、手がかりはないと言える結果だった。そしてそのせいで、一朗にはだれもかれもがあやしく見えてきていた。  彼は頭の中でぐるぐる考えていた。……いったいだれが大童鬼なんだ? 童鬼っぽいやつはたくさんいる……。担任の早乙女先生はしゃべり方があやしいし、音楽の先生なんて太っていて見た目がいかにもだ。教頭先生はすぐ怒るし、六年生にはいじめっ子っぽいやつもいる。クラスの熊田くんは乱暴だし、金田くんは土日は一日中ゲームをするって言ってた……。いや、学校にいる人とは限らないんだ。もしかしたら今まで退治してきた童鬼の人が、ぶり返したのかもしれないし、ぼくが何回か行ったコンビニの人かもしれない。……待てよ? 肝心な人たちがが抜けていた。先輩たち……。猿渡先輩なんか、時々うそつくし……。他にもいる……! ぼくの、お父さんとお母さんは? ありえるぞ。今朝はなんだか二人とも機嫌が悪かったし。はっ……! ひょっとして、ぼく自身は……?  一朗は昼休み以降、ずっとこういう調子だった。見当ちがいのうたがいばかりだったし、彼自身、こんな風に考えっぱなしで苦しかったが、やめることができなかった。  そうこうしているうちに、放課後になった。一朗のスマートフォンに、木嶋から今日の集合場所などが送られてきたが、一朗は習いごとをしなくてはいけなくなったと言ってごまかした。  彼はすぐ外に出ると三人に出くわすかもしれないと思って、まだ少しの間、学校で情報を集めることにした。彼は一年生から六年生までの教室を一通り回った後、職員室のそばまで来て、先生たちの様子を探った。 「おや~? えーっと、百地ー。どうした~? なんか用事か~?」  ろうかの向こうから、音楽の男鹿先生(女性)がやってきて、大きな声で一朗に言った。一朗は職員室の中に意識を集中しすぎていて、先生に気がつかなかった。一朗はどぎまぎしながら言う。 「えっと……、その……、ちょっと……」  男鹿先生はその太い首をかしげて言った。 「担任のー、えーっと、早乙女先生? それとも他の?」 「えっと……、別に、先生に用事じゃなくて……」 「ん~? 他の教科の先生ってこと? あれ? ひょっとして、わ・た・し~?」 「えっと……、そうじゃなくて……」  ここで男鹿先生は少し間を置いてから、急にするどい目つきになって言った。 「百地ぃ……。なるほど、そういうことか。分かる。分かるぞ~!」  一朗はぎくりとした。先生は何か知っているのか、と彼が不安に思っていると、先生は急に手を大きく動かしてから、自分の胸に手を当てて言った。 「恋~♪ 恋してるんだろ! ああ、分かる。分かるとも! ガハハ!」 「は……?」  一朗はあぜんとするが、先生はおかまいなしで続ける。 「教師に恋する純情な生徒! 思春期だなあ! 恋に恋して大人の女に胸こがす少年! ヴォ~イ・ケ・サピーテ~♪」  男鹿先生はオペラか何かを歌いだした。オペラ以前に、一朗は彼女が何を言っているのかほとんど理解できない。苦手なタイプの先生だったが、こんなに話が通じないとは。男鹿先生は歌はやめたが、まだしゃべり続ける。 「けど、ほどほどにしとけよ~? ストレスためすぎると、早乙女先生みたいに……」 と、言いかけて、彼女は口をつぐんだ。一朗は気になってたずねる。 「早乙女先生が、どうしたの……? ストレス……? 何? どういうこと?」  一朗は彼女の目をじっと見すえた。男鹿先生はちょっと面食らった顔をしてから、丸い顔を一朗に近づけて、声を落として言った。 「……ないしょだぞ? 早乙女先生さ、最近行動が変なんだよ。やたらおどおどして、何かにおびえてるみたいだし。あれはストレスのせいだね。それも、女がらみの」  一朗は自分の心臓の音が少し早まったように感じた。彼は男鹿先生に動揺を気づかれないように注意しながら、彼女にたしかめた。 「……おどおどしているのは、もともとじゃないの? 行動が変って?」  男鹿は少し声を高くして言った。 「あ~、お前はこの春転校してきたんだったな。前はもっとふつうだったんだよ。つい最近だな……。夜なんかな、一人で真っ暗な教室ん中で、ひたすらしゃべってるんだ」  一朗はわずかにまゆを上げた。それからすぐに気の毒そうな表情を作って、声を落として言った。 「病気なのかな……。どうすればいいんだろう……?」  すると男鹿は声をひそめて言った。 「いや、今言ったのはないしょだからな。……ま、大人のことは、大人に任せときな。今度、飲みにでも連れてってやるよ。ガハハ!」  一朗は男鹿に愛想笑いで返事をすると、何気なくその場をはなれた。そうして職員室を背にした時には、すでに一朗の顔は険しくなっていた。  彼は直感した。担任の早乙女先生は、あやしい。彼が、探している大童鬼かもしれない。今夜、調べてみなければいけない。一朗はそう思い、日が暮れるまで校内にかくれていられる場所を、一人で考え始めたのだった。
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