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笑顔の空間
西依先生は本業のデザイナーのかたわら、俺の通う専門学校で講師のバイトをしていた。
グラフィックデザイン科の、デザインの授業。
授業内容は個人の自由。
先生は人それぞれの進捗を見て回り、新たな課題を与えたりアドバイスをくれたりする。
「千坂くんがどういうモノが好きなのか、絵を見ただけでわかるなぁ。こだわりあるところ、表現するのがすごい上手」
小柄な先生に柔らかい声と笑顔で褒められると、自信がついて納得のいく作品が作れる。
これは好きじゃないだろうと指摘するときは、感覚ではなく技術や知識での改善方法を教えてくれる。
先生の授業が好きだった。
俺に『創作する気持ちよさ』を、一番経験させてくれる。
就職活動の時期だった。
俺は先生にどんな会社で働いているのか聞いた。
そこで先生は組織に属しておらず、自宅でフリーのデザイナーをしているのだと初めて知った。
そして、先生の仕事場を見学させてもらうことになった。
仲間は誘わなかった。
誘いたくなかった。
夕日に橙に染まる、綺麗な白いマンションだった。
エレベーターで八階まで上がり、先生の後をついてゆく。
一番奥の扉を開錠し灯りを点け、
「どうぞ」
と俺を中へ招き入れてくれた。
傘立てに何本か傘の立つ、生活感のある玄関。
入って左手のドアを開け、くぐる。
真っ白な壁紙、十畳ほどの広々とした洋間。
奥の窓際には、パソコンの備えられた白い作業デスクがひとつ。
入り口横に、小さなテーブルとソファ。
壁際の白く大きな棚には資料やプリンタ、スキャナが並んでいる。
「きれいにしてるほうでしょ」
先生が笑顔で言う。
俺は、空洞だ、と思った。
こんな小さな人に、この空間は広すぎる。
この笑顔が、大きな空間に押し潰されるか掻き消されるかしそうだ。
支えたい。
「先生、俺をここで雇ってもらえませんか?」
俺のデカいだけのこの体でも、彼を支えることができるのではないかと思った。
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