僕が高校生の頃、初夏の雨の日の午後

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僕が高校生の頃、初夏の雨の日の午後

「いらっしゃいませ!」  元気の良いお姉さんの声に迎えられて、わずか9平米の書店に入る。あまりお客さんは来ないのか、僕の他に客の姿は無い。  カウンターの中では、おじさんがいつも座っていて、今日も軽く会釈をした。  今日は毎週買っているマンガ雑誌の発売日から二日たっていたけれど、この書店に来るときは、出来る限り雨の日を選んでいた。  いつものようにお姉さんがいるカウンターに本とお金を差し出す。 「220円です、ありがとうございます」  本をカバンに入れて、ゆっくりと店の外に出ようとすると、 「今日は雨が降ってますから、バス停までお送りしますね」  そう言って、カウンターの中にあった折り畳み傘を持って、一緒に店から歩いて1分ぐらいの場所にあるバス停まで行く。これが楽しみで、わざわざ雨の日を選んでいるのだ。僕にだけそうしてくれるのか、他のお客さんにもそうなのかはわからない。  バス停で15分に1本のバスを待つ間、お姉さんと僕は、まるで相合傘。雨の匂いと、お姉さんの香水の匂いが混じってとても心地良かった。  どきどきしながら他愛も無い会話を交わしていると、家に向かうバスがやってきて、お姉さんと別れる。  もちろん、実らない恋だと分かっている。そんな僕にとって、あの傘の下にいる時間だけが、唯一夢を叶えられる時間だった。
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