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卒業を控えた1月の雪の日
〜閉店のお知らせ〜
『誠に残念ですが、当書店は2月末日をもって閉店させていただきます』
それは突然のことだった。店の入り口に、寂しげな貼り紙を僕は見つけた。
入ってみると、お姉さんとおじさんが、寂しそうに本を箱に詰めている。
「いらっしゃいませ」
少し元気のない声でお姉さんがあいさつをする。
「この店、閉めちゃうんですか?」
僕が聞いてみると。
「ええ。最近売り上げも厳しくて。それと……」
「それと?」
「私、結婚することになったんです。お父さんは腰が悪いから厳しいし、人を雇う余裕もないから……」
あまりに突然の話に、僕は気が動転してしまい。
「そうだったんですか……」
と、答えるのが精いっぱいだった。
何も買う予定は無かったのだが、せっかく来たので気になっていた児童文学をレジに置き、いつも通りに会計をした。そして、帰ろうとすると……
「あ、バス停まで送っていきますね」
お姉さんと一緒にバス停に向かうことができた。いつも繰り返してきたことなのに、今日はとてもせつなかった。
バスを待っている間も、僕はお姉さんの言葉に「はい」とか「うん」とか言うだけだった。
お姉さんとはお別れになってしまうのだが、自分の気持ちを打ち明けてももうどうにもならない。もうすぐバスが来る。
「どうしたの? 今日はやけに静かだけど」
そんな気持ちを知ってか知らずか。お姉さんが聞いてきた。思わずぼくは、
「あの、実は……」
「なあに?」
「おねえさんのことがずっと好きでした」
と、答えてしまった。お姉さんは少し驚いた顔をする。そして、
「そうだったの。でもごめん。キミのことは、弟のような存在にしか見えないから……」
”結婚するから”ではなく”弟のような存在以上には見られない”から。
自分のことをちゃんと見た上でお断りされたので、ぼくは少しだけ、ほんの少しだけ救われた気持ちになる。
「わかりました。幸せでいてください……」
覚えたての大人の言葉でお姉さんに別れを告げると、彼女はうなづき、そしてぼくはバスに乗った。
ほほをつたう涙が熱く感じたのをおぼえている。
この本屋が閉店してしたあと、この街には本屋は無くなってしまった。
その後僕は、東京の大学に進学し、そのまま就職。実家にはたまに顔を出すだけになっていた。
本屋があった場所を見るたびに、少しだけ寂しくなった。
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