独り言。

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独り言。

やあ、ようやく雨が降ってきたね。次は誰が僕を手に取るのだろう。 今僕がいるのは全国チェーンのコンビニの傘立てだ。最後に置かれたのはいつだろう。もう1ヶ月以上はここに居るはずだ。 少しだけ他より丈夫な透明な体。だから僕はこれまでたくさんの人の手を渡ってきた。 僕が出会った人の中で一番思い出深かったのは失恋をしたらしい女の人だ。 雨の中びしょ濡れで、メイクは落ち、真っ赤な口紅は崩れて唇から血が出てるみたいで、まるで物語に出てくるようだったのをよく覚えている。 細い指が僕の柄を少しだけ乱暴に手に取り、その指にはめられていたシンプルな指輪がカツンと音を立てた。その音に気づいた女の人が指輪を外し、カバンの中にしまう。彼から貰ったものなのだろう。カバンに入れた手は、数秒そのままの状態で止まっていた。 その後暫く僕を差してその人は駅に向かって歩いていた。ヒールが何かにつまづいたのか、バランスを崩し、その人は転倒してしまった。僕は一瞬ヒヤッとしたが、自分のどこの骨も折れずに済んだ。 痛そうに立ち上がる彼女に手を差し伸べる人は居なかった。皆が皆自分のことに精一杯で、彼女の方を見向きもせず通り過ぎていく。 僕と彼女の視界に捉えたのはひとつのネックレス。アルファベットが入っている物だから、きっとペアネックレスだ。 起き上がる途中の体勢のまま、彼女はそのネックレスをじっと見つめていた。 おもむろにスマホを取り出し、チャットアプリを開く。彼女がタップしたトークルームは彼氏のものらしい。そこに、 「ネックレス取り違えてるから送る」 と今さっき彼女が送ったメッセージがあった。 直ぐに既読が付き、返信が返ってきた通知音が鳴った。メッセージの内容は角度の関係でギリギリ見えなかったが、直後の彼女の嬉しそうな表情で大体の内容は察した。 その後、彼女は駅のホームの近くのコンビニに僕を置いていき、小走りで雨にも関わらず僕を持たずに行ってしまった。走るということにおいて僕が邪魔だったのだろう。 その数分後に仕事帰りっぽいサラリーマンに拾われ、また転々と持ち主を変え、今僕はここにいる。 あっ、今僕の柄に触れたのは……中学生くらいの女の子だ。さあ出来ればまた小さくて面白い物語を僕に見せてくれ。 その代わりと言っちゃなんだけど、僕は君を雨から守ろう。 この体に生まれた使命を全うすべく、ばっと音がして僕の体が開いた。
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