[鬼灯ランプ]

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   ***  グループ課題。  この学校ではこういった児童同士の交流を促すために、毎月何人かでグループを組み、なにかしらの発表を行うのが授業の一環として実施されていた。  僕にとっては初めてのことだけど、大輔たちにとってはいつものことなんだろう。慣れた感じでさっさと人数を集め、その時、僕と勉、二人の転校生が同時に誘われた。  グループ課題のメンバーは、ガキ大将の大輔を中心として五名。そのうちの二名が転校生二人っていうのは、やっぱり大輔がいかに面倒見がいいかっていうのを現してるんだろうと思う。彼は充分にクラスの、というか僕ら子供たちの中心にいてみんなをまとめあげるリーダー的存在なんだ。  そして今回の課題は、この街に古くからある何かをひとつあげて、それの変化を辿るというものだった。  具体的に言うと、たとえば道路。  昔の地図と今の地図を見比べて、どこに新しい道が出来ただとか、ただのあぜ道だったものが、いつ舗装道路に工事されたのか、とか。  そういった歴史っていうと大げさだけど、そういうのを調べて発表するというものだったんだ。  なんでも転校生…じゃなくって鈴木勉くんの家には古い資料があるらしく、じゃあそこにあるもので課題全部出来るんじゃないか、って誰かが言いだして、それが集合場所が彼の家になった理由みたいだった。  学校帰りに集合してみんなでそのまま勉の家に向かう。本格的にやるのは明日の土曜日だから、今日はいわゆる下見ってやつだ。  学校から十分ほど歩いた先にあった彼の家は、やけに大きくて古い作りのまさに日本家屋といった感じの家だった。確かにこれなら古い資料とかもいっぱいありそうだ。  でも、これってどういうことなんだろう。  話を聞いた時から不思議に思っていたんだけど、ふつう転校、つまり引っ越しを繰り返すような場合、住む場所は安い賃貸アパートが常識だろう。  少なくとも僕はここ何年もずーっと、そういう家っていうか部屋にしか住んだことがない。  それなのにどうして。  あまりに僕が不審げな視線を送ってしまったからか、勉は困ったように頭を掻いてうつむいてしまった。  責めるつもりはなかった。  でも僕自身、心のどこかで仲間だと思ってたのに実は違ったんだって。  そんなことを思って、勝手に裏切られたと感じてしまっていたんだ。  ああ、嫌になる。  僕はなんて器の小さい人間なんだ。  何年経っても成長しない。  納得してるはずだった。  父さんの仕事のことも。  父さんが僕のことをいつもちゃんと考えてくれてることも。  ちゃんと理解してたはずなのに。  それでもやっぱり、自分だけじゃない。  こんな嫌な思いをしてるのは僕だけじゃないんだって。  そんなことで安心しようとしてたんだ。  そしてどうもそうじゃないとわかって、嫉妬したんだ。  ボロアパートも、常に貧乏な生活も。  やっぱり、こんな目に遭ってるのは僕だけなんだって。 「すげえな、お前ん家」  僕以外のみんなはそんな妙な嫉妬も羨望もなく、単純にびっくりしてる。  そしてここが、転校してきて数ヶ月でまたすぐに行ってしまう者にしてはおかしい家であることに疑問も持たない。  たぶんそれは、わからないからなんだ。  色々な場所を転々とする場合、その時々でこんな大きな家に住んだり出来ないはずだってことを。 「やっぱり、不思議だよね」  僕一人の疑問を見透かしたのか、勉は言った。 「ここ、おばあちゃんの家なんだ」 「おばあちゃんの?」 「うん。実は僕の両親、今、離婚調停中で、その裁判が終わるまで…ってことでおばあちゃん家に預けられてるんだ」 「り…りこん…ちょ……なん……って?」 「なんだそれ?」  その言葉の意味をすんなり理解できたのは、恐らくその場には誰もいなかっただろう。  僕もとっさに漢字が頭に浮かばなかった。 「えっと……理由はよくわかんないんだけど、僕のお父さんとお母さん、別れちゃうんだって。それが離婚ってので。その手続き…だったかの話し合いの裁判をするから、それが終わるまでは家にいないほうがいいって言われて」 「それでおばあちゃん家に預けられることに?」 「そうなんだ。で、その裁判が数ヶ月くらいかかるかもって言われて」  ああ、だから間をおかずにすぐに転校することがあらかじめわかってたんだ。  にしても数ヶ月かあ。離婚の裁判ってそんなにかかるんだっけ。どうもそういうことはよくわからない。  それにしても。 「離婚って、どうして? 理由教えてくれないの?」 「う…ん」  勉は力なく頷いた。 「そう言えば、この間、母ちゃんが見てたドラマで言ってたぞ。あなた不倫したのね。離婚してやるって。それじゃねえのか?」 「……なっ!?」  大輔は確かに僕らを仲間に引き入れてくれた、面倒見のいい奴なんだけど、それでもその言葉の持つ意味がわからないからという残酷さで、知らずに傷をえぐっていることに気付いていない。 「不倫じゃない。それだけは違う。だって僕のお父さんとお母さん、とっても仲が良いんだ」 「でも、だったらどうして」 「わかんないよ。そんなの」 「見てて何かおかしいなあと思うときとかなかったの?」  その理由がどんなことであれ、離婚の原因に良いものはない。  子供に離婚の理由を教えないのがその証拠だ。  それなのに。  僕もただの好奇心で、聞きだそうとしてる。  これじゃ、僕も大輔と同類だ。  でも、やっぱり納得がいかないんだ。  恋愛結婚であっても、見合い結婚であっても、結婚はお互いが一緒にいることを納得してするもののはずなのに。それなのにどうして別れたりするんだろう。  もしかしなくても子供にはわからない難しいことが色々あるんだとは思う。  お互い好きあってても、一緒にいられないこともある。  ある…んだろうか。  いや、あるとしても、それでいいんだろうか。 「それでいいの? 勉くんは」 「……え?」 「わかってる? 離婚ってお父さんとお母さんのどちらかが君から離れていってしまうってことなんだよ」 「…………」  そんなのわかってるよ、と言いたげな眼で勉は僕を見た。 「どちらか片方とはもう一緒に暮らせなくなるんだし、もしかしたらもう二度と逢えないなんてことだってあるんだよ」 「…………」 「そんな大事なことを決めるのに、自分だけ仲間外れにされて平気なの?」 「仲間外れって……」 「だって両親二人だけで話し合ってるってことは、君の意見は最初から無視してるってことだろ」 「それは嫌だな」  途中で大輔が僕の話に乗ってきた。 「離婚ってつまり家族の大事件なんだろ。だったら家族のうちの一人として、子供だって言いたいこと言ってやるのが当たり前じゃねえか」 「それ…は……」 「それともお前、別にどっちだってかまわないとか投げやりなこと考えてんのか? だったら……」 「そんなわけないじゃん!」  とうとう勉が大声で叫んだ。 「僕だって嫌だよ。お父さんもお母さんも大好きなのに、なんで別れるのかとか全然教えてくれなくて、いいからお前はおばあちゃん家に行ってなさいっていきなり追い出されて……」  堰を切ったように勉の叫びがこだまする。  たぶん、ずっとずっと言いたくて、でも誰にも言えなくて。  ずっと我慢してたんだろう。  やっぱり僕らは同志だ。  ふとそんなことを思った。  勉は別に転校を繰り返していたわけじゃなかったけど。  でも、やっぱり僕らは似た者同士で。  親に振り回されて。翻弄されている。  そんな転校生同志、なんだ。 「でも、だからって、どうすればいいんだよ。僕はまだ子供で、なんにも出来なくて……」 「子供だからってなんにも出来ないなんてそんなの勝手に大人が思い込んでるだけだ」  必要以上に偉そうに胸を張って大輔が高らかに宣言した。僕も同じ意見であることを主張するために出来るだけ大きく頷いてみせる。  そうだよ。  大人は知らないんだ。  僕達子供にだって、感情も理性も、そして怒りもあるんだってこと。  大人たちが思ってるよりきっと、僕達は僕達自身の考えも想いも持ってる。  それなのに、いつも大人達は子供のくせに、とか、子供なんだからって言って僕達の本当を見ようとしない。 「……でも、じゃあ、どうすればいいんだよ」 「乗り込めばいいじゃん」 「え?」 「お前は嫌なんだろ。父ちゃん母ちゃんが別れるの。だったらその…離婚裁判とかってのに殴り込みかけて言ってやればいいじゃねえか。そんなのやめろって。オレ抜きで勝手に決めるなって」 「…………」  なんというか。  さすがだてにガキ大将を名乗ってない。  むちゃくちゃだけど、言ってることは筋が通ってるし、きっと大輔にはそれを実行するだけの行動力もあるだろう。 「そんな、乗り込むって……でも実際どこに行けばいいの?」 「そりゃ、裁判所じゃねえのか?」 「裁判所?」 「それが一番効果的だろ」  裁判所に乗り込む。確かにそれが一番効果的だろう。  遠くに追いやったはずの息子がいきなり現れたら、両親はびっくりするだろうし。話し合いだって、違う方向へ進むかもしれない。  ちょっと想像しただけで、なんかわくわくしした。  裁判をやっている最中にバーンって乗り込んでいって大声で叫ぶんだ。  やめろーって。 「……ちょっと格好良いかも」 「だろだろ」  僕のつぶやきに大輔は満足そうな笑みを見せた。 「でも裁判所なんか子供が行っても入れてくれないんじゃ……」 「だって当事者だよ。そりゃ全然関係ない子供が行っても入れてくれるわけないけど、さすがに当事者を追い返すなんてことはしないんじゃない?」  僕も大輔につられたように、尻込みする勉におもわずそんなことを言ってしまう。  そして僕のその言葉に、大輔だけじゃなくほかのみんなも同じようにうんうんと頷いてくれた。  もしかしたらその時の彼らの気持ちは正義感じゃなくて、どっちかっていうと悪戯を思いついた時の状況に近かったのかもしれない。  それでも。 「……じゃあ、行く?」 「行くっ!」  ほんのちょっとも迷わず僕らは全員一致で叫んでいた。  決行は明日の土曜日。  電車を乗り継いで、勉が前に住んでいたという街の裁判所へ行くんだ。  勉の両親の離婚を阻止するために。  たとえ阻止できなくても、勉の気持ちを両親に伝えるために。
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