[鬼灯ランプ]

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   ***  地図を頼りに目指すのは、裁判所。  といっても初めての土地。初めての場所。わからないことだらけ。  もちろんここは少し前まで勉の住んでた街なんだけど。だからって、裁判所になんて勉が行ったことはなかったわけなので、そういう意味であればここは勉にとっても初めてに近い街。  だから誰も場所を知らないし。そもそも裁判所がどんな建物なのかもわからない。  駅を降りたとたん僕達は途方に暮れた。 「どーする?」  どうしよう。  一番いいのは、どこかで誰か、大人に聞くことだろうけど。  だとしても誰に聞けばいいか。  道行く人に聞いて親切に答えてくれるとは限らないだろうし、そもそも大人だってみんながみんな裁判所と関わりがあるわけじゃないだろうから、裁判所の場所なんて知らない人のほうが多いんじゃないだろうか。それに最近は物騒なニュースもよく聞くから、誰もが善人だとは思わないほうがいい。  なんて、そういうことを考えてること自体、僕がひねくれてる証拠なんだろうけど。 「場所だったら本屋さんに聞けばいいんじゃね? 地図売り場にいる店員さんなら知ってるだろ」  大輔がすっごいことを思いついたといった調子でそんなことを言い始めた。 「なんたって地図を売ってんだからよー」 「いや、地図を売ってるからって道に詳しいとは限らないんじゃないの?」 「そうなのか?」  まあ、それでも誰に聞けばいいかっていう選択肢に順位をつけるとしたら、どこかのお店の店員さん、しかも本屋さんってのはかなり上位にランクされそうな気がする。 「じゃあ当たって砕けろってことで、あそこの本屋さんに行ってみる?」 「砕けたら大変だけどな」 「砕ける前にかわしてやる」  そんな冗談を言い合いながら僕らは近くにあった本屋さんへ入っていった。  駅前というだけあって、それなりに大きなその本屋さんは、三階建てのビル全部のフロアに本がめいっぱい並んでいて、文芸書から文庫から専門書と、どこからこんなに集めてくるんだろうと思えるくらいたくさんの種類の本があった。 「そういえば買いそびれてた漫画の新刊があったんだ。あるかな?」 「こら、目的を忘れるな、大輔」  ついつい漫画のコーナーに行きそうになる大輔の襟首を掴んで引き戻す。  そして僕たちは、やっぱり道に詳しそうなのはこっちだろうということで、一階の奥のほうにある地図のコーナーへと向かった。  漫画や文庫のコーナーと違って若干閑散とした地図売り場には、優しそうな女の店員さんが一人で棚の整理をしている。  店員さんが、全国地図や市街地図が並んださらに奥にあった、なんだかよくわからない山の地形図が入った引き出しを開けたところで、僕達は声をかけた。 「あのー、この近くの裁判所ってどこにありますか?」 「裁判所?」  いきなり声をかけられるっていうのは仕事柄ふつうのことなんだろうけど、こんな子供からそんなことを尋ねられたのはたぶん初めてだったろう。 「え? なに? どういうこと?」  はてなの意味は、裁判所の場所を知らないというより、こんな子供たちがどうしてそんな場所に行きたがるのかわからないという意味だ。 「えっと……」 「あ…あの。学校の課題で、働くお父さんっていうのがあって、それで僕達……」 「ああ、もしかして君達のお父さんの中に検事さんがいるの? それとも弁護士さん?」 「いえ、そういうわけじゃ……」 「そう、そうなんだ。こいつの父親、裁判官なんだよ」  僕を遮るようにして、ガキ大将大輔がそんなことを言い放った。  なんでよりにもよって裁判官なんだ。  そしてそれが僕の父さんなんだ。  僕の父さんはそんな仕事はしてないぞ。  と、今にも口から言葉が飛び出しそうだったんだけど。 「……はい。そうなんです」  僕の口から出たのは肯定の言葉。僕はおとなしく大輔の案に乗っかったんだ。 「だったら裁判所の場所、お父さんに聞かなかったの?」  まったくもってその通りです。僕は項垂れつつ、必死で考えを巡らせた。 「えっと……お父さんには知らせないで、こっそり調べなくちゃいけないから、聞かなかったんです。それにいきなり行ってお父さんをびっくりさせたくて……」  なんというか、こんなにすらすら嘘が出てくるのって、子供としてどうなんだろう。  なんてことを思ったりもしたけど、今はきっとこれがベスト。 「そうだったのね。でも困ったわね。この近くの裁判所って言っても……」  店員のお姉さんはそうつぶやきながら棚から一冊の市街地図を取りだし、パラパラとめくり始めた。 「あの……えっと、離婚調停とかやってるところみたいなんですけど」 「り…? ああ、じゃあ家庭裁判所かな。でも裁判官ってそういうところにも常時いるのかしら?」  裁判の仕組みについてはお姉さんもあまり詳しくはなかったらしく、とりあえずここから一番近い簡易裁判所という建物を調べて教えてくれた。  万が一そこに僕の父さんがいなくても、そこの職員さんに聞けば、ちゃんとした居場所を確認して教えてくれるはずだからって。 「うまくお父さんに会えるといいね」 「はい。有り難うございます」  お姉さんはすっかり僕らの話を信じてくれたようで、なんとその市街地図の一部を元に簡単な地図まで書いて渡してくれた。  ちょっと心が痛かった。  やっぱりどんな場合であっても嘘をつくというのは心が痛い。  少なくともそこに僕の父さんは絶対にいないわけなんだから。  僕らは親切な店員のお姉さんにちゃんとお礼を言って、さっそくその簡易裁判所って言うところに向かった。  けど。
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