[鬼灯ランプ]

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   *** 「どーする?」  どうしよう。  僕達は通算三度目の途方に暮れた。  どうしてかというと、勉のお母さんが働いているはずのスーパーにお母さんはいなかったんだ。しかも今日はお休みなのかと聞いてみたら、どうもそういうわけでもないらしい。  お母さんは二ヶ月前、つまり勉が僕らの学校に転校してきた頃に突然スーパーを辞めたのだと。そして理由は誰も知らないのだと。そういう話だった。  いくらパートだと言っても、ふつう辞めるときには事前に連絡をするはずだし、その時に理由だって言わなきゃいけないはずなのに、そういうのは一切なかったみたいなんだ。  朝、定時になっても姿を見せないからどうしたのかと思っていたところに、本人から電話で連絡があって、辞めますと。  それは困ると言っても、申し訳ありませんがもうその店に行くことはありませんと、強引に言い切られてそれで終わってしまったのだと、お店の副店長だというおじさんが教えてくれた。  その時期、スーパーは良い感じで繁盛してたらしく、人手は全然足りていなかった。  猫の手も借りたいくらいに忙しくて、その中で勉のお母さんは良く働いてくれるいい戦力だったということなのに、まるで後ろ足で砂をかけるような辞めかただったって。 「なにか不満があったんだったら言ってくれればよかったのに。まさかあんな不義理をするような人には見えなかったんだけどねえ」  お母さんが辞めてもう二ヶ月経つというのに、いまだに納得がいかないままなんだろう、副店長さんはそんなことを言って困ったように眉を寄せた。  念のため、勉にも聞いてみたけど、お母さんはいたって真面目で優しい母親だったらしい。  子供の目から見たものなので、若干の贔屓はあるだろうと、話半分で聞いたとしても、やっぱり理由も言わずいきなり辞めるような人には思えなかった。  これはいったいどういうことなんだろう。 「兆候はなかったの?」 「え? ちょう……なに?」  ついつい独り言みたいに聞いてみたら、勉には聞き取りづらかったのか、言葉の意味がとっさにわからなかったのか、きょとんとして首を傾げた。  そしてその代わりに副店長さんがうーんって唸りながら腕を組んで言った。 「辞めたいなんてことを話してるのは聞いたことなかったけどな……あ、でも」  なにかを思いついたように副店長さんは組んでいた腕をほどいた。 「たまに具合が悪そうにしてたことがあったかな」 「具合がって……病気ってこと?」 「いや、そこまではわからん。欠勤することもなかったし、風邪でもひいたのかなくらいにしか思ってなかったんだけどな」  でも、それ以外に思いつくことは何もないらしい。  だとしたらちょうど裁判の準備を始めなくてはいけない時に風邪をひいてしまって、もうこの際だから、いっそ仕事は辞めてしまおうと思った、とか?  いや、たとえそうだとしても裁判官の印象を良くするためには、仕事はあったほうが有利なはず。というかそんなふうに突然辞めるような人だと思われたら、裁判に負けちゃうんじゃないだろうか。  って、離婚裁判って、どうなったら勝ちでどうなったら負けなのか、よくわかんないんだけど。  そんなことを僕が悶々と考えている間に、結局副店長さんは、あまり仕事場から離れているわけにもいかないと言ってさっさと奥に行ってしまった。  本当になんなんだ。  行くところ行くところ、全部空振りって。  順調だったのって、最初の本屋さんだけじゃないか。 「まあ、それでも家に行けばさすがに居るだろ」  大輔がそう言ったので僕達は勉の家へと向かった。  お願いだからこれで最後にしてほしい。  そう思っていたのに。  なんということだろう。  そんな僕らの願いはまたも外れてしまった。
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