第2節 桔梗という娘

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第2節 桔梗という娘

「危ない!やめろっ!」  斎真は思わず叫ぶと、脱兎のごとく女が入っていった水の中に自分も飛び込み、女の腰を抱き、無理矢理に岸辺に引き上げた。  女は驚いたせいか、さしたる抵抗をすることもなく岸辺に引き上げられ、斎真に背後から腰を抱きかかえられた姿勢のまま、ハアハアと息をついていた。  斎真は仏門の身でありながら、女の体に触れていることに気づき、ハッとして女の体の向きを変えさせると同時に、自分は女の面前に片膝を立てて座った。  女の両膝が崩れ、着物の裾からふとももが露わになっている様子は見るまいとしながら、斎真は女に言った。 「私は、村の敬林寺の僧の斎真と申す。そなたは...確か...」  斎真はその若い女に見覚えがあった。 「...はい、村はずれの家に住む桔梗(ききょう)と申します...斎真様、一昨年の父の葬儀と一週間前の母の葬儀で、お経を上げて頂き有難う御座いました」 「何故、こんな時間に入水しようなどど...」  言ってしまってから、入水する動機に時間は関係無いかなと思った斎真であった。 「...はい、一昨年、武家出身の父が亡くなってからは、農民となったものの慣れない農作業のため、母も体を壊し、農作業の傍ら1年間ほど母の看病を続けてきたのですが、一週間前にその母も亡くなり、私一人となりました...」 「そうか...そうだったな。さぞかし気落ちしたことだろう」  斎真は桔梗の目を見てそう言ったが、心の三分の二は深い同情であったが、残り三分の一は全身ずぶぬれで何とも色香のあるその姿へのときめきでもあった。 「...私はもう二十五で、完全に嫁ぎ遅れです...それで農作業もままならず、もうお世話する家族もいない私には、もうこの世に対する未練などありません...それで、今宵、誰にも迷惑をかけないように、ひっそりとここであの世にいくつもりでした...」  なんとも悲しい娘の告白に、斎真の心は、先ほどの残り三分の一の煩悩はすべて吹き飛び、娘に対する深い同情心で満たされた。 「桔梗さん。そんな簡単に命を粗末にしてはいけません。そなたの父上や母上もあの世で悲しんでいます」  斎真はいかにもありがちな説教をしたのだが... 「...斎真様、私が生きていくとして、これから私一人でどうして生きていったらいいのでしょうか?」  桔梗はズバリと核心を突くことを言ってきた。
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