4話 休日とあんことラーメン

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4話 休日とあんことラーメン

さて休日である。今まで客商売をしていた衛にとって土日はあってないようなものだったが、今はそうはいかない。父親の責務を果たさなきゃならない日である。 「瑞葉、公園にでも行くか」 「うん!」  幸い近くにそこそこの大きさの公園があるから、そこでボール遊びでもして済ます。夢の国の遊園地もそう遠くない所にあるのだが、手持ちの貯金を考えると出費はなるべく抑えたかった。 「ドリブル上手くなったんじゃないか?」 「えへへっそお? 二十分休みにみんなでサッカーしてるの」  一時期、母親が居なくなったショックで不登校に陥った瑞葉だったが、今は元気に学校に通っている。瑞葉の通う数矢小学校は大通りを通らずに行けるし、集団登校なので衛も安心して通わせている。 「そろそろお昼か。瑞葉なに食べたい?」 「ラーメン!」 「それじゃあ赤札堂寄って行こう。何ラーメン? 塩か醤油か……」  袋麺の買い置きが無いので、衛がスーパーに寄ろうとすると瑞葉はこう言った。 「お店のラーメンが食べたい」 「お店……お店かぁ……」  瑞葉の言葉に衛はしばし考え込む。ちょっとした外食くらいは構わない。しかし、小さな子供連れで入れるラーメン屋となるとこの辺には無かった気がする……ファミレスが無難か。 「ちょっと待ってて。すみませーん、この辺のファミレスってどこにありますか」  衛は散歩中の老人を捕まえて聞いて見る。やっぱり地元の人に聞くのが一番早いと思ったのだ。すると老人はこう答えた。 「ファミレス……ああ一駅くらいかかるねぇ」 「そうなんですか」 「前にあったけどなくなっちゃったんだよ。どうしたんだい?」 「いや、娘がラーメン食べたいって言うもんだから」 「そしたら、そこの伊勢屋にいけばいいよ」  老人の指さす方向の先には、確か和菓子屋兼甘味処があったはずだ。 「えっ、あそこ甘味処じゃないんですか」 「ラーメンもあるよ」 「へえ……」  甘味処のラーメン……なんだか妙な取り合わせだが、まぁ近くだし覗いてみよう。衛は老人にお礼を言って瑞葉を連れて伊勢屋の前に来た。  だんごに羊羹に生菓子などなどが並ぶ横が喫茶店というかレストランになっている。 「本当だ……ラーメンがある、っていうか色々あるな……」 「瑞葉どうしようかなー」  ガラスのショウウインドウの中には食品サンプルがずらりと並んでいる。あんみつやみつ豆だけじゃなく、丼物や定食なんかも並んでいた。 「それじゃここに入るか」 「うん」  店舗に入ると、一階の席に案内された。他に二階にも飲食スペースがあるようだった。 「お決まりになったらお呼びください」  そう言って店員はお冷やと熱いおしぼりを置いて行った。 「懐かしい感じだなー」  今は簡易的な紙おしぼりの所も多い。店内の雰囲気も時が止まったようである。 「さー、何にするか……」 「瑞葉はよいこセットにする」 「ほー、ラーメンにジュースとデザートとキャンディがついてくるのか。俺もラーメンにしようかな」  そう言って衛はメニューに目を落とす。とにかくラーメンが多い。と、いうかまるで中華料理屋並に中華のメニューが揃っていた。どれにしよう。その時、ふとあるメニューが目に止まった。 「ラーメンと……あんみつセット……?」  衛は正直甘党だ。しかしラーメンの後にあんみつか……だけどここは甘味処だもんなぁ。衛はちょっと迷いながらも店員さんにラーメンとあんみつのセットとよい子セットを注文した。 「ラーメンなんて久々だな」 「梨花ちゃんがね、こないだラーメン食べにいったって言っててー、瑞葉も行きたいなぁって」 「その梨花ちゃんと仲良しなのか」 「うん」  片親で肩身の狭い思いはさせないと思っていたけれど、やっぱり行動範囲は狭くなるし予算も心許ない。衛は自分のふがいなさを嘆いていた。いっそどこかのレストランに就職して、瑞葉の世話をすべて義母のミユキに任せるという手もあるのだが……。 「キャンディはいつ食べていい? 食べ終わったらいい?」 「うん、全部たべられたらいいよ」  無邪気な我が子の姿を見られるのも今のうちだけだと思うとそれももったいない話だと思う。 「パパ、ラーメンきたよ」  物思いに浸っていた衛は、瑞葉の声で我に返った。 「おお、こりゃ……」  ラーメンだ。今時見た事の無いくらい普通のラーメンにミニでもなんでもない普通サイズのあんみつが付いている。 「食い切れるかな、こりゃ……」  瑞葉の頼んだよいこセットは、衛の頼んだ醤油ラーメンの小ぶりなものと杏仁豆腐が付いていた。 「とにかく……いただきます」 「いただきまーす」  瑞葉がさっそくラーメンをすする。箸の使い方も随分上手くなったもんだ、と衛は感心した。さて、と気合いを入れて衛もラーメンと対峙する。スープはすっきりとした醤油スープ、具は刻んだねぎにわかめ、そして今や珍しいなるととチャーシューが一枚。 「これならいけるか」  わっし、と麺を掴むと本当になんの変哲もない中華麺が出てくる。それをスープと共にすすり込む。 「あー……美味い……」  旨味や油分で美味い、と衛は言ったのでは無かった。基本の基本、普通のラーメンを食べることがあまりに久々で懐かしさで一杯になったのだ。これは、小さい頃中華屋で食べたラーメンだ。衛は盛大に麺とスープを掻き込む。 「おっと、この辺でチャーシューだ」  衛はチャーシューを箸で掴んだ。見た目よりも柔らかい。噛むと肉の旨味がじゅわっとしみ出してくる……これは懐かしいとかじゃなくて純粋に美味い、と衛は思った。確かメニューにはチャーシューの追加もあったな……とちらりと思い出して、隣のあんみつを見て頭を振った。 「パパ、おいしいねー」 「そうかそうか」  いつか、瑞葉もこの味を懐かしく思い返す事があるんだろうか。衛はそう思いながら残りの麺を啜りきった。 「ふう、それじゃいきますか……」  衛はラーメンを食べ終えると、あんみつに取りかかった。その前に。 「ほら、このサクランボは瑞葉のな」 「わー」  赤いサクランボを瑞葉にあげると、衛は黒蜜をあんみつに回しかける。そしてあんこにスプーンを差し込んだ。甘い。甘さが口中を駆け巡った所で塩豆と寒天を放り込む。これならいつまでも食べていられそうだ、と思いながらあんみつを食べきった。 「ねー、飴食べていいでしょー」 「お、おう……」  衛はふうふう言いながら、瑞葉に返事をした。瑞葉とボール遊びをして適度に運動したところにラーメンとあんみつである。猛烈な眠気が衛を襲っていた。 「あ、すいません……アイスコーヒーを……」  衛はあまりの眠気に思わず店員を呼んで、アイスコーヒーを頼んだ。そして、もういい年なんだからあんまり欲張って食べるのは止そう、と心に誓っていた。
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