恋・ラブレター・進展(後編)

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恋・ラブレター・進展(後編)

「なあなあ、ナオト! イオちゃん、すっげーこっち睨んでる」 「はあ? なんで睨まれないといけないんだよ」  柴咲に言われてラブレターを返しに行った。あいつがなんで誰から送られたラブレターを知っていたのかは疑問だが、笑みが怖かった。だから、あいつに逆らわなかった。こういうときにいうこと聞かないとあとが怖い。  柴咲は俺からイオを遠ざけるくらい平気でやりそうなやつだ。そうならないためにも、俺はあいつに従った。 「まあ、ミアちゃんの誘いに乗って屋上行かなかったのは正解かな。あの子、怖いし……」 「なんで屋上のこと……」 「覗き込んだ」  勝手に人がもらったものを見るとは、嫌な奴だ。俺の頬が引き攣っているような気がする。 「てか、怖いってなんだよ。いい子だったよ」 「うわっ! 騙されてる。哀れ。まあ、知らない方が幸せなこともある」  いい子だったのに、俺が何も知らない人間みたいな目で見てくるな。その人を憐れむような眼で見るのやめろ。俺は、ムカついたので、拳でヒデアキの頭を軽く叩いた。こいつは、痛がっていながら、ヘラヘラ笑っている。 「変態だな」 「僕にそんな趣味はない」 「どうだか」  ヒデアキに呆れている俺。そんな他愛もない話をしているところにあの子が来るとは思っていなかった。断ったのに、彼女は簡単に諦めない子だったようだ。  ラブレターを手に教室を出て行ったらしいナオトが戻ってきた。私はナオトのことを見る。ラブレターを貰った子と付き合うことになったのだろうか。こんなモヤモヤした気持ちを抱えていたくはないのに、止まることはない。  負の感情に支配されていく。こんな可愛くない女よりは、素直で可愛い子の方がナオトも好きだろう。私と彼が付き合うなんて無理だったんだよ。喧嘩ばかりしてるし、素直になれないし、きっと彼はこんな女は選ばないだろう。 「はあ」  睨みつけていると思われていることに気づかない私。溜息を吐いた。もう、だめだ。やめようかな。好きでいること。私がそんなことを思っていたときに現れたのが、小さめの可愛い女の子。 「ナオト先輩」  しかも、自然に名前呼び。仲がよさそうだ。一瞬だが、怖い顔をしてこちらをギロッと睨らまれた気がする。ナオトと彼女が付き合っているから牽制されたんだろうか。私は、ナオトを好きな気持ちを抱えたまま、彼らを見ていけるのだろうか。 (私にそんなことできるのかな?)  突然、バンッと大きな音が響いた。驚いた私は、音がした方を見た。そこには、机に片手を置き、立っているナオトの姿があった。 「俺が好きなのは、イオなんだよ。俺が好きな奴を悪く言うな!!」  教室全体に響くくらいの告白。思考が停止した。意味を理解したときには、全身が沸騰しているかのように熱くなった。 (恥ずかしすぎて、死ぬ)  私は、なんとか足を動かして、そこから逃走した。 「ナオト先輩」 「お前、なんでここに……」 「振られたくらいで諦めませんよ! それに、ラブレター返したくらいで、全てが終わるわけがないです。私は、何度だってアタックします」   強かな子に好かれてしまったらしい。だが、俺は、イオが好きだ。だから、どんなに好意を伝えられたって、俺は断る。少しの罪悪感のようなものはあるけれど、俺は俺の気持ちに嘘を吐くことはできないから。 「ごめん。俺には好きな人がいるから。ごめんな」 「ナオト先輩が幼馴染の子を好きなことくらい見ればわかりますよ。でも、私はそれでもあきらめません。ナオト先輩が幼馴染の子と付き合っていないなら、まだ私にもチャンスはありますよね?」 「ないよ。俺が好きなのはイオだけだ」  俺の正直な気持ちだ。こういうときには、自分の素直な言葉を言えるのに、イオを前にすると思ってもない言葉がいつも出てくる。そんなんだから、嫌われているんだろう。頭で考えるより先に口が動くところをいい加減直さないと、イオとまともに話すことができなさそうだ。  目の前にいる俺をしたってくれている子には申し訳ないと思うけど、俺が他の子を好きになる事なんて一ミリの可能性だってない。 「なんで? なんでですか? いつも喧嘩ばかりしている子なんかをなんで好きなんですか? 先輩と顔を見合わせるたびに喧嘩している子なんて鬱陶しいだけでしょう? 自分に突っかかってくる子なんてうざいだけでしょう? なのに、なんで私より大して可愛くない子が好きなんですか? 私より可愛くて性格もいい子ならまだこの気持ち、諦められたと思います。器量も良くない、口出ししてくる女なんか……」   俺は、それ以上好きな子の悪口を言われたくなかった。それに、イオのことをそこまで知っているわけでもないのに、悪い風に言うのは酷い。  俺は、机を叩いた。物に当たるのは、良くないが、今は抑えられそうになかった。音はわりと大きく響いた。俺たちの様子を最初からニヤニヤ笑ってみていた者もいたが、その音で俺たちの様子を見る者もいた。多分、俺が大きな音を出したために、いらぬ注目を集めてしまったのだろう。  イオも音に気づいて俺たちの方を見ていたらしい。俺は、それに気づかない。そして、俺はやらかす。 「月城。俺が好きなのは、イオなんだよ。俺が好きな奴を悪く言うな!!」  スルッと口から出てきた言葉は無意識だった。自分が何を言ったか頭でぐるぐると考え、冷静になったときに、俺の体は熱くなった。 「えっと、こ、これは……」  慌てて弁解しようとするも、それはできなかった。騒ぎ始めるクラスメイト。 「うわぁぁぁああああ!! やっと、告白したぜ」 「他の女を前に好きな子に告白とかすっげー! 男前だな」 「勇気があるのか、馬鹿なのかわからないけど、よくやった!」 「他の女を前に他の子に告白って……あの子可哀想だね」  俺を称賛する者、月城を憐れむものなど様々な反応があった。  好きな子を馬鹿にされ、場所を考えずに言葉にしてしまった。俺は、教室で、しかも大勢のクラスメイトいる中で、イオに告白をしていた。穴があったら入りたい。できるなら、この場から逃げてしまいたい。 「あっ! 如月が逃げた」  教室から走り去っていくイオがいた。どうやら、聞かれたらしい。 (あんなことすれば、気になって見るよな。机なんて、叩かなきゃよかった)  泣きたい気持ちでいっぱいだった。そして、目の前にいる月城も泣きたい気持ちでいるだろう。 「ナオト先輩」  唇を震わせ、出できた弱弱しい言葉に首を傾げる。俺のせいで、大騒ぎになったし、恥ずかしいのだろう。 「ご、ごめんな。こんなことになっちゃって」 パンッッッッ!  頬に走る衝撃。一瞬何が起こったのか理解できなかったが、ズキッとした痛みが教えてくれた。 (俺、今、殴られた)  驚きすぎて、状況が飲み込めない。 「泣いてるとでも思いました? そんなわけないじゃないですか。先輩って最低な男ですね。こんな屈辱味わったのは初めてです。私を哀れな女にした罰ですよ。だから、手を挙げたことは許してくださいね。それよりもさっさと、追ったらどうですか?」  俺にも悪いところはあったけど、いきなり叩かれるとは思わなかった。しかも、俺を睨らんでいる月城は、手を挙げたことを悪いとは思っていなさそうだ。 「あー、悪かったな」  俺が叩かれるくらいのことをやらかしたし、この痛みは甘んじて受けよう。怖いくらいに俺を睨みつけてくる月城。俺がここにいたら、もう一発くらい叩かれそうなので、彼女の言葉に甘えることにする。 「ありがとな、月城」  俺はイオを追う。振り返ることはなかった。 「あー、残念だったね。ミアちゃん」 「柴咲先輩の彼氏が今更何の用? 注目されるのが嫌で、そそくさと逃げたくせに、戻ってくるなんてね」 「まあ、カナちゃんの従妹だし、放っておけないじゃん。落ち込んでいる子をさ」 「ニヤニヤ笑ってる奴が言う台詞じゃない。柴咲先輩って男の趣味が最悪ね」  僕のことを虫けらのように見てくる彼女。この女は性格が悪い。猫かぶりが上手い。これとナオトが付き合うことにならなくて良かった。あの二人もくっつきそうだし、この女には感謝する。  ただ、カナちゃんに聞かれたら、ヤバいこと言うのはやめて欲しい。心臓に悪いから。騒がしい教室から去っていく彼女を僕は見ていた。学校中に噂が広まらないといい。広まるなら、あの二人が付き合ったという報告がいい。 「従妹に男の趣味が悪いとか言われたくない」 「うわっ! か、カナちゃんいたの? しかも、聞いてたの?」 「ねえ、私はヒデアキのことが好き。だから、これからもずっと一緒よ?」 「うん、これからも一緒にいよう!!」  僕の問いはカナちゃんの嬉しい言葉に誤魔化されてしまった。それに、僕は気づかない。幸せをかみしめていたから。 「ミアで何して遊ぼうかな?」  こんな怖いこと呟いていたなんて僕は知らない。  逃げた。あの場所に留まることはできなかった。恥ずかしいから。  辿り着いたのは、屋上。柔らかな風が心地よかった。  背後からガチャッと音がした。顔だけドアの方に向ける。ギィーーっと音を立てながら、ドアが開けられた。そこに、いたのはナオト。 「よ、よう」  彼の顔が真っ赤に見えた。それは、走って来たからか、教室の出来事を思い出してか。どちらだろうか。 「走ってきたの?」 「走って……きた……、ように……見えるか?」 質問に質問で返さないで欲しい。息切れしてるようだし、走ってきたって素直に言えばいいのに、意地でも張っているのだろうか。馬鹿にしたり、怒鳴ったりしないのに、何を隠しているのか。 「はあぁぁ〜〜。ちょっと、待ってくれ。……、少し休む」  長い溜息だった。柵に囲まれている広い屋上で、彼は座り込む。他にも空いている場所はある。それなのに、彼は私の隣に座ってきた。 (なんで!?)  ナオトとの距離は近い。彼は教室で言った自分の言葉を覚えていないのだろうか。私は、内心焦っている。告白されたのに、平気でいられるわけがない。顔が熱くなっているような気がする。彼から逃げてきたのに、追いかけてくるとは思わなかった。 「ねえ、あの子とは?」 「あの子?」 「教室にナオトのことを訪ねに来た子」  立っている私は座っているナオトを見下ろしている状態であった。彼が私を見上げてくるので、表情がよく見えた。真剣な目で見つめられている気がした。 「あの子が俺のことを慕っていただけで、恋人ではないよ」 「あんな親しそうにナオトの名前呼んでたのに?」 「それは……」  言葉に詰まる彼。誤魔化そうとしたってそうはいかない。私が好きとか言ってるけど、どうせ私をからかっているだけだ。真に受けてはいけないのに、やっぱり恥ずかしくて――。 「嘘つかなくていいよ。さっきの告白だって私をからかおうとしただけでしょう? 教室に帰りづらいけど、私も一緒にあの告白は誤解だって言ってあげる」  嘘を吐く。本当はナオトの言葉がとても嬉しかった。あの告白がナオトの本心であって欲しいと思っている。でも、喧嘩してばかりの幼馴染を好きになるわけなんてない。だから、ナオトの言葉は嘘。私をからかっているだけ。付き合ってるのは、あの可愛い子。私は、邪魔な存在。 「からかう?」  少し怖い雰囲気の彼。私、怒らせるようなことは、何も言ってないはずだ。 「お前、ふざけんなよ! 好きなんてこっぱずかしい言葉をまともに言えるわけないだろ! 好きな奴にさ! 恥ずかしくて、穴に入りたいくらいだったわ」 「でも、私たちは顔を合わせれば喧嘩ばかりしていた! 好きになる要素なんてどこにもないじゃない!!」 「なんだよ。からかうとか好きになる要素がないとか、何だよ。俺は人をもてあそぶような人間って思われてるの? 俺の気持ちが不誠実だと思われてるわけ?」 「ちょ、ちょっと! 落ち着いてよ」  別にそこまで言ってない。私の正直な気持ちを伝えただけで、なぜ声を荒げるのだろうか。 立ち上がって私に詰め寄ってくる彼。肩を掴まれた。彼と視線が交わる。 「落ち着けるわけないだろ!! 俺の気持ちが嘘だって思われてるのに落ち着けるわけないじゃん。俺は好きなんだよ。お前が、イオが好きなんだよ! 笑ったところとか可愛いし、困っている人を放っておけなくて助ける優しいところも、与えられた役割をしっかりと責任をもってこなすところも、お前の全部好きなんだよ!」  顔が熱い。逃げたい。顔を覗き込んでこないで欲しい。 「耳まで真っ赤だ。可愛い」 (なにこれ、なにこれ、なにこれえええぇぇぇぇぇーー)  いつも喧嘩してばかりで言われたことがないことに戸惑う。私を見るナオトの目は熱がこもっていて、真剣な眼差しで、考えるだけで頭がパンクしそうだ。身がもたない。危険だ。早く逃げないとだめだ。 「ねえ、イオ? 返事聞かせて?」 「わ、わ、わ、私は、な、な、ナオトのことなんか……す、す、好き……じゃないんだからあああぁぁぁぁああ!!  ナオトと突き飛ばして、逃走した。 「そんな真っ赤な顔して言われても説得力ないから」  俺は、イオの新たな可愛いところを見れて満足だ。イオが俺のカノジョになるときも、近いだろう。 「今気づいたけど、素直になれないお前も好きだわ」  俺は、逃げたイオを追いかける。必ず、捕まえる。 『お前の前で素直になれない俺。でも、お前も同じだったみたいだな。俺は、素直じゃないお前のために、お前以上にこの好きを伝えよう』  イオに頼まれ、クレープを買いに行った。彼女の注文通りのものを渡す。 「ちょっと、なんでイチゴなの? 私は、チョコのクレープが食べたかったのよ!」 「お前、イチゴが食べたいって言ってただろ?」 「は? 私が食べたかったのは、チョコよ。それくらい、彼氏なんだからわかりなさいよ。それに、私はチョコが食べたいって言った。聞き間違いしたのでは?」 「イチゴとチョコ間違えるわけないだろ! ふざけんな! この馬鹿女!」 「はあ? 彼女に向かって馬鹿女ってなによ! この馬鹿男! 役立たず!!」  長年の癖は抜けないらしい。恋人関係になっても喧嘩は絶えなかった。だが、変わったことが一つ。 「なあ、イオ」 「なによ?」  ちょっとムスッと答える彼女。相変わらず、素直じゃない。イチゴのクレープを食べている彼女は、頬が緩んでいた。それを俺は知っている。だから、少しいじわるしてやろう。 「好きだよ」  耳元で呟くと、顔を真っ赤に染めた彼女。力が抜けたのか、クレープを落としそうになっていた。慌ててそれを掴む彼女を見て、少し笑ってしまった。
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