恋・ラブレター・進展(前編)

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恋・ラブレター・進展(前編)

 ある家の一部屋にて。 「なんであんたがここにいるの!」 「別にいいだろ? おばさんが誘ってくれたんだよ」 「遠慮しなさいよ!」  言い争いをする男女がいた。男は、箸と器を持ち、ご飯を食べているようだった。女はその男の姿にイライラしているらしい。 「いますぐ。出てけーー!!」  女の大声が部屋に響いた。その声に反応したのは、男ではなかった。ある女である。 「イオ。ナオトくんの親は旅行でいないのよ。ちゃんと栄養あるものを食べさせてあげないと……。育ち盛りなんだから。それに、大きな声は近所迷惑よ」 「でも!!」 「イオ? お母様、怒るわよ?」  その言葉に黙ったのは、イオと呼ばれた子。反論が許されるような雰囲気ではなかった。 彼女の母親は、彼女が何も言わなくなった様子を見ると、部屋から出ていった。  男はその状況を気にすることなく、黙々と米を口に運んでいた。それを見た女は彼の足を蹴る。痛かったのか、蹴られたところを抑える男。 「この暴力女!」 「自己管理できない馬鹿男」  背が高い男を見上げるように睨みつけている女がいた。男も女を見下ろす形で睨みつけている。バチバチと火花が散っており、どちらも目を反らすことはない。 「ただいまの時刻は――」  テレビから流れてきたアナウンス。それに気づいた二人は、勢いよく顔を背け、素早くイスに座る。テーブルに用意されていたご飯をお互いが無言で食べていた。  私の家、如月(きさらぎ)家の隣には、卯月(うづき)家がある。そこが、ナオトの家だ。私と彼は、いわゆる幼馴染というものだった。  ナオトが如月家でご飯を食べていたのは、彼が料理できないからである。そのため、ナオトの両親が私の親に彼の世話を頼んでいた。だから、彼は私の家に来ていたのだが、私たちの仲はあまり良くない。顔を合わせれば、喧嘩をしている。言っておくが、私はナオトが嫌いなわけではない。むしろ――。  私とナオトは、同じ学校に通っており、同じ教室で過ごしている。学校でも、ナオトとの喧嘩は絶えなかった。  これは、ナオトがラブレターをもらったと男友達と騒いでいたときの話から始まる。 「お前、今鼻で笑っただろ?」 「被害妄想激しすぎ」 「いや、俺がラブレターもらったことを聞いてたんだろ? 完璧にお前は嗤ってた!」 「はっ! 私があんたの話なんて盗み聞きするわけないじゃない。何の役にも立たないんだから」  あれだけ大きな声で騒いでいれば、聞きたくなくても耳に入ってくる。それなのに、人に突っかかってくるなんて、人として小さい男。こんなのが幼馴染なんて世も末ね。 「お前、今ろくでもないこと考えただろ?」 「はぁ、人をそういう目でみるのよくないよ」 「俺を馬鹿にしやがって! お前の人を馬鹿にしたような態度が大嫌いだ!!」 「ほんと、自意識過剰で器の小さい男」  だんだんエスカレートしていく言い合い。それを見ているクラスメイトは呆れたり、面白がったり反応は様々。「いつものが始まった」と疲れたように教室から出ていく者もいた。「夫婦喧嘩が始まった!」と言われることもある。その際は――。 「何が夫婦喧嘩だよ!」 「何が夫婦喧嘩よ!」 「こんなのと夫婦になるなんてごめんだ!!」 「こんなのと夫婦になるなんていやよ!!」  そして、私とナオトは睨み合い、終わらない戦いにそっぽを向けて、自分の席へ帰っていく。私の席は窓側の一番端。ナオトの席は廊下側の一番端。どちらも一番後ろの席であった。こんな風に私たちの喧嘩は幕をとじる。  私はあのあと、親友のカナちゃんに慰められた。 「もう! いいの? ナオトくん、ラブレターもらったってさ」 「聞いてたから知ってるよ」 私の返答に首を傾げた彼女。ニコニコと笑っている姿はちょっと恐ろしかった。 「あれ? さっきは聞いてないって……」 「あああぁぁぁぁ!! う、うるさい」 「イオちゃん、赤くなって可愛い! でも、素直にならないと、ナオトくんはとられちゃうよ?」  なんで私にそれを言うのか。私はナオトに特別な感情など持っていない。だから、関係ないことだ。それなのに、なんでカナちゃんは私に忠告みたいなことをするのだろうか。とても不思議だ。 「イオちゃんって馬鹿だね。スキの気持ちを抑えていられるわけないじゃん。誤魔化そうとしたって無駄だよ」 「し、しかたないじゃん! どうしても、ナオトの前だと、い、意地張っちゃうんだもん」 「……、ほんと、二人とも素直じゃないよね。周りから見てたら、分かりやすいのに、気づいてないのは本人たちだけか」 「な、なにか言った?」 「ううん、何も言ってないよ?」  カナちゃんの様子がおかしかったような気がする。気のせいだろうか。いつもの元気なカナちゃんで、特に変わったところもないし、気のせいだろう。それより、なんでカナちゃんは私の気持ちに気づいたのか。もしかして、カナちゃんは――。 「エスパー?」 「うん? イオちゃん、残念なことに私でも心は読めない」 「えっ!? ええっ!?!?」 「声に出てたよ」  カナちゃんに敵うことは一生ないと思う。 (私ってそんなにわかりやすいのかな?)  モヤモヤとした気持ちを抱えながら、密かにナオトを盗み見た。ヘラヘラと笑っている彼に、殺意が沸いたので、カナちゃんに一言言って、机に突っ伏した。 (ラブレターもらったくらいでなによ!)  関係ないのに、気になってしまう。ナオトのくせに、ラブレターなんて生意気だとか、あれを好きになるとかどうにかしてるとか、悪態をつく。私は、どうやら自分の感情をコントロールできなくなってしまったようだ。だが、嘘を吐き続けよう。 「私はナオトなんか、嫌いよ。……ばか」  誰にも聞かれることはない小さな呟き。  ラブレターをもらった。机の中に入っていた。ピンク色で花柄の封筒。きっと可愛らしいものなんだろう。俺には、いまいちよくわからない。俺にラブレターを渡す奴なんているのかと疑問に思っていた。そのとき、俺の友達の一人、ヒデアキが気づいた。俺が持っているピンク色の封筒を奪い、大声で叫んだ。 「ナオトにモテ期がやってきたーーーー!!」  ヒデアキはクラスメイト全員に見えるように、その封筒を上に掲げていた。走って教壇の上に行ったあいつ。行動が早すぎる。俺はそれを取り返そうと追いかけた。しかし、男友達がわらわらと俺の周りに集まり、行動を制限されてしまう。 「これ、マジのラブレターじゃん!」 「おめでとう! ナオト!!」  「おめでとう」じゃない。これを聞かれてたら、絶対勘違いされる。俺は、一番後ろの窓際の席を見た。あいつはいない。ホッとする。だが、すぐ近くに、嫌味な笑いをした奴を見つけた。終わった。そこで、イオに鼻で笑われた俺はつい言ってしまう。 「お前、今鼻で笑っただろ?」  案の定、イオの返事は――。 「被害妄想激しすぎ」  可愛くないものだった。  カチンときた俺は、奴に言い返す。そして、あいつも俺に負けずに言い返してくる。どんどん苛烈になっていく言い合い。それは、ある言葉がきっかけとなり、終止符がうたれた。しかし、俺の気分は沈んだまま。 (イオに嫌われた。どうしよう)  頭を抱えるほどに悩むことになる。あの状況を作り出した元凶は、「カナちゃんとのデートはどうしようかな?」と言っている。片思い中、素直に気持ちを伝えられない俺の前でデートコースを考えている鬼畜な友。 (少しは俺を慰めろよ。こんなことになったのは、お前のせいだろ?)  恨みがましく見ていたのに気づいたのか、ヒデアキは俺に言う。 「素直にならないのが悪いんだよ。意地っ張り。どうせ、恥ずかしがってるんだろ? 気持ちを伝えること」 俺はヒデアキの的を射た発言に言葉がでなかった。 「う、うるせぇぇぇ!!」  言えたのは、誤魔化すような言葉だけだった。 「ほんとうに君たち二人は素直じゃないよね。他の皆にはバレてるのにさ」 「? なんか言ったか?」 「何も言ってないよ。あっ! カナちゃんとのデートはどこがいいと思う?」 ヒデアキ。頼むから、俺にその話を振るな。 「知るか!」  俺は机の上に置かれたピンクの封筒を見て、溜息を吐いた。 (はぁ~、どうするかな。とりあえず、中身を読むか)  間違えていれたことを望んでおく。俺は覚悟を決めて、封筒を開いた。 「こ、これは……」  俺宛のラブレターであっていた。  月城ミア。好きな人は、卯月ナオトさん。私の愛する人。好きになったきっかけは内緒。  彼との思い出は、誰にも知られたくない。私だけの大切なもの。私は彼にラブレターを出した。『好きです』、『放課後の屋上で待ってます』とストレートな気持ちを書いた。ナオトさんが来てくれるかは、わからない。邪魔な女がいるから。ナオトさんの幼馴染らしいけど、顔を合わす度に喧嘩しかしてないみたい。仲が悪いなら、警戒する必要ないと思っていた。だが、私はナオトさんを目で追っていくうちに気づいた。ナオトさんは幼馴染が好きということに。そして、その幼馴染もナオトさんが好きということに気づいた。  ナオトさんは私の運命の人なのに、このままでは奪われてしまう。だから、行動を起こした。私のラブレターで彼らの仲に亀裂を入れられればいい。そして、ナオトさんが私のラブレターを読んで、屋上に来てくれればこっちのもの。キスしてしまえばいいんだもの。邪魔女を屋上にくるように仕向けてね。そうしたら、完全にナオトさんは私のものになる。そうなるはずだったのに、なんであなたはここにいるのですか。 「君が、月城ミア?」 「は、はい!」 「屋上に来てって書いてあったけど、ごめん。俺、好きな人いるから、これ返すわ」 「えっ?」 「じゃあ」  あっけなかった。私がいる教室に来て、私が丹精込めて書いたラブレターを突き返されるとは思わなかった。作戦は失敗した。ありえない。ナオトさんは私の作戦を知っていたというのかしら。ありえない。ありえない。ありえない。ぜったい、あの女が何か入れ知恵をしたのよ。とことん、邪魔な女ね。どう煮て、焼いてやろうかしら。  ザワザワしている教室。私に屈辱を与えた嫌味な女をどうしてやろう。私は突き返されたラブレターを握り締めた。グシャグシャになるくらい、強く。 「ミア」 「うわっ! し、柴咲先輩」 「二人の邪魔はしたら、駄目だよ? あんまりおいたがすぎると……」  厄介なのが来た。柴咲カナさん。この人は怒らせたら、手が付けられない。怖い。とにかく、怖い。温和な笑みを浮かべているが、目は冷ややか。しかも、謝らずにいると、シカトされる。徹底的にいない者扱い。それは、さすがに堪える。  この人とは従妹同士で遊ぶこともあった。そのときに、この人のお気に入りのものを壊してしまった私は、何も言わずにいた。他の人に責任を擦り付け、私は関係ないというアピールをするも、この人にバレた。そのせいで、食卓には嫌いな食べ物が出てくるようになった。どうやら、柴咲カナが私の母親に頼んだみたいだった。  私にしたがってくれていた友達はこの人に何か吹き込まれたようで、離れていってしまった。他にも、いろいろな嫌な思い出がある。この人は敵に回してはいけない人だとそのときインプットした。泣きながら、土下座して許しを請うて、やっと許してもらえたときには一日の大半が削れていた。  私はこの人にさんざん痛い目にあわされたことを忘れていない。今でも、そのトラウマを克服していない。 「なんで、柴咲先輩がナオトさんと邪魔女の味方をするの! 従妹の私の味方をしてよ!!」 「なんでって、イオと私は親友だし、あなたよりイオの方が可愛いからイオの味方なだけ。あと、私は可愛い親友のことをあなたはなんて呼んでいるの?」 「えっ? し、親友?」  邪魔女はある意味最強のカードをもっていたようだ。卑怯だ。 「ミア?」 「如月先輩ですよ。うふふふふふふふふ」 「そう? 今後、彼らにちょっかいかけようとしたらどうなるか、分かってるわよね?」  私は上下に首を振って頷くことしかできなかった。私の恋はこうして散っていった。  ――、私がそんなに潔い女だと思っているのかしら。私は、このままでは引き下がれないわ。怖い従妹は邪魔女の味方らしいけど、私は私の恋のために動く。早速、ナオトさんの教室に行こう。 「はぁ、恋に生きる女を外野が止めようとしても無駄。行き過ぎたことをしないように気を付けるしかない。正々堂々、戦うならいいか。面白そうだし、ときにはスパイスも必要。二人をくっつける悪役にあの子は合っている」  釘は刺したけど、あの二人をくっつけるために、せいぜい引っ掻き廻して頂戴。失敗したら、うふふふふふふ。お楽しみはとっておかないとね。
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