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僕らは貴樹の大学の先輩が営んでいる「バー アガベ」へと向かう。先輩といっても一回り歳上だ。共通点は中退して夜の世界に入ったこと。貴樹はこの人をとても尊敬している。
「ヨシさん、お疲れでーす!」
貴樹が勢いよくドアを開けると、カウンターの真ん中に座り、僕の手を引いて右隣に座らせる。
「ヨシさん、テキーラショットで二つね。いや、三つだな。ヨシさんの分忘れてた」
「はいよ。テキーラね。おまかせでいいかい?」
貴樹は「いいよ」と答えて、ジーンズからセブンスターを取り出し火をつける。ゆっくりと煙を吐き出し目を細める。僕の大好きな癖だ。
「あれ? 見とれてんのか?」
いつの間にか僕に顔を向けて、意地悪く突っ込んでくる。
「そ、そんなことないよ!」
「無理しないで見とれてなよ。お前の特権だ」
その言葉に身体中の熱が顔に集中するのを感じる。
「はいよ、テキーラお待ち」
僕らは出されたショットグラスをカチンっと軽くぶつけ合い、一息に煽った。喉に遅れて感じた熱いものが、また込み上げて顔をさらに熱くする。
何杯目かのお酒を飲み、ヨシさんのバカ話で盛り上がっていると、僕らと同じ歳くらいの女性が顔を覗かせた。
「おお! サキちゃん、いらっしゃい!」
彼女はヨシさんの言葉なんて聞こえないように、「あー、貴樹発見!」と言いながら左隣に座るなり、太い腕にすがりついた。
「サキ、暑苦しい」
鬱陶しそうに貴樹は言うも、彼女は意に返さず腕に頬擦りしている。
貴樹はバツが悪そうに僕に顔を向けた。 「ああ、これサキね。この近くの美容室で働いてんだ。うちにもたまに来んだよ」
そう紹介されても、僕の無理に作った笑顔はひきつっていただろう。なんなんだこの女は?
「ちょっと、貴樹! この綺麗君はだれー? はえー、すごいね。あたしより色白だし」
貴樹越しに投げられる言葉も、今の僕には嫉妬に投下されるガソリンでしかない。
そんな僕の心情を察したのか、貴樹はいきなりヨシさんに会計を頼んだ。
「あれー? まさか帰る気じゃないよね?」
「いや、だいぶ飲んだから帰るわ。ほら、一弥、早く立てよ」
僕はその言葉を無視して、もう空になって氷の溶けたグラスを口に運んだ。
「か、一弥、ほら、早く帰ろうぜ」
それでも僕が黙っていると、無理やり腕を掴まれて立たされた。
お会計はまだ出ていないのに、カウンターに六千円を叩きつけるように置いて、「ヨシさん、足りなかったら後で!」と言って、僕を引きずるように店を出た。
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