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僕は貴樹の腕を振りほどき、黙って先を進む。
「待てよ! 一弥!」
追い付いてあれこれと言い訳をするけれど、そんな言葉は僕の耳を素通りしていく。
歩く先にぶつかる大通りを走る車のライトがボヤけて見える。
貴樹の言い訳が止まり、いきなり腕を強く引かれて灯りもない路地に連れ込まれた。
壁についた両腕が僕の逃げ場をふさぐ。
「なんか誤解してないか?」
「……」
「なあ、なんか言えよ」
言えよと言われても、俯いてごまかしてはいるけれど、僕の目を潤ますものを押さえるのに必死でそれどろじゃない。
すると、そっと右手を添えられて顔を上げられる。塞がれる唇。さっきまで飲んでいたテキーラの香りが口先から鼻に届く。
目の下を優しく人差し指で拭われ、離れた唇が「悪かったな」と囁く。
綾さんならこんな嫉妬はしないのかなと、自分の小ささを嘆いてしまう。
「帰ろうぜ」
「うん」
僕は自然と口にしていた。
真っ暗な部屋で貴樹の腕に抱かれて微睡む。押し付けている胸は厚く熱く、そして柔らかくもあり。
「なあ、一弥。お前の夏休みに合わせて、二人で札幌に行かないか?」
「え、でも勘当されてるんじゃ……」
「別に実家に顔出すわけじゃねえし、関係ねえよ」
「じゃあ、行ってみたいな。貴樹の生まれた街に」
「よし。連れてってやるよ」
交わした約束と言葉の温もりが、僕を眠りへと誘う。
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