週一恋愛

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 二時間目の授業終わりの学食は、相変わらず混んでいる。そろそろ授業が面倒で、新入生のドロップアウトが起こる時期かと思っていたけど、今年の新入生たちはなかなか粘り強いようだ。 「たぶん、冬になるまで減らないんじゃない?」  同じ経済学部で、サークルも一緒の茉莉(まつり)とお昼ご飯を食べに来ていた。向かいのテーブルで、彼女は期間限定メニューの「大分とり天」なるものに箸をつけている。 「そうなの? 去年は冬もそんなに寒いとか思わなかったよ」 「去年は暖冬だったでしょ。やっと二月に寒波が来た、って思ったら、もう試験期間も終わりだったし」  私は大学入学時に、もっと南の地方からこの地方にやって来た。茉莉の言う、寒くなった時期はもう試験を終えてちょうど帰省していたから、そんな冬を知らない。  今、私は祖母の家に住まわせてもらっている。  私の通う大学には、実は二つの路線が通じているけど、使っていない方の路線は快速列車の停車駅で、せめてそっちの沿線に家があったら良かったのに、なんて不満もある。  それでも、身の回りのお世話をしてくれる祖母の存在はありがたく、文句よりも感謝の方が強い。 「あ、これ美味しい。玲美(れみ)、食べる? そっちの酢豚と交換しない?」 「ん、いいよ」  私の皿の隅に載せられたとり天を、箸で掴んで、少し眺めてから口に運んだ。ポン酢のあっさりした味付けは、なるほど天ぷらとよく合うけど、 「今は酢豚の気分かな、やっぱり」 「えー、美味しいのに」と言って、彼女は酢豚を口に運ぶ。 「気分の問題。美味しいとは思うよ」 「いや、私はやっぱりとり天かな。気分って言うより性格の問題じゃない?」  さっぱり、あっさりな茉莉。それじゃあ、私はウエッティ? 「ノロマとかじゃないけど、ぽわーんとしてる感じ」  のんびりとして、いつもうじうじ悩んで自信のない私。だから、私は彼女といて楽しいのかもしれない。 「よう、お二人さん」  しばらくご飯を食べながらゆるゆると過ごしていると、横から声をかけられる。 「あ、高木先輩」 「白石(しらいし)、悪い、後で今日の総会の資料コピーしてくれないか。部室の棚の上にあるから」  彼が申し訳なさそうに笑い、名指しされた茉莉は、またですか、わかりました、と少し不満げに答えた。その様子をぼんやり見ていた私に、彼がいつものように微笑む。 「槇原(まきはら)、今日は来るか?」 「……はい」 「良かった」  目を泳がせる私に、彼はやっぱり笑いかける。 「それじゃ、また練習の時間に」  食器のトレイを持ち直して、待たせていた友人の下へと彼は歩いていった。 「玲美」  茉莉が体ごとこちらに乗り出してくる。ああ、やっぱり、と私は覚悟する。 「GW中に高木先輩とデートしたってホントなの?」  私は渋々頷いた。 「じゃあ、なんでそんな浮かない顔してるの? 高木先輩とデートって、普通なら喜びそうなところだけど」 「なんで、なんだろうね」  四月の終わりごろ、彼から突然連絡が来て、GWにドライブに行かない? と誘われた。  爽やかな笑顔がステキで、背も高い彼には女子のファンも多くて、もちろん私も嬉しくて、最初は一人で密かにドキドキしてた。  だけど少し落ち着くと、なんだか気が乗らなくなってきて、当日もショッピングしたり、水族館に行ったり、夜景も見たりなんかしたけど、どうもギクシャクした感じのまま、何もせず解散してしまった。 「ホントに何もなかったの?」 「うん、何にも」  へえ、さすが高木先輩、と茉莉はすっかり感心している。こんなことで評価が上がるのだから、爽やかイケメンって得なんだな、とまるで他人事のように私は思っていた。 「で、気乗りしなかったのは、やっぱりあの王子様のせい?」 「王子様って」  そんな言い方、と私はふくれる。 「ええと、なんだっけ。シューイチくん?」 「そうそうシューイチくん」  私は否定しなかった。誘われた後、ふとシューイチくんの姿が頭に浮かんできたのだ。シューイチ君とデートができたなら、どこに行くだろう、なんてことを想像していたのだ。 「あの、玲美? そういうの、何て言うか知ってる?」 「ストーカー? それとも妄想癖?」 「良かった、頭はしっかりしてるみたいね」  茉莉は味噌汁を飲んで、意地悪い笑みを向けてくる。 「いや、当たり前でしょ。普通に会話できてるじゃない」 「だって、玲美は夢見る夢子ちゃんだから。よく現実から飛んでっちゃうじゃん。心配なの」 「ごめんなさい」  そう言われると文句も出ない。空を見上げ、雲の流れを追いながら歩いていると、道の側溝に片足が落ちそうになったり、狭い路地で猫の姿を眺めていたら、後ろから車にクラクションを鳴らされたり。 「それにさ、高校のときもそういう恋してたって言ってなかった? それでいいの?」 「うん、だけど……」  私には、今まで恋人なんていたことがない。  元々引っ込み思案な私は、これまでただ遠くから見ているだけの恋を続けてきた。いつか大昔の初恋のときも、茉莉の言う高校生のときも。 「無理矢理オススメする訳じゃないけどさ、なんで高木先輩じゃダメだったの?」 「それは」  彼とのデートを思い出す。彼はとても優しかったし、楽しくなかった訳ではないし、だけど、決定的に何かが足りなかった。 「だって、物足りなかったんだもん」  弱々しい声で本心を伝えると、やれやれ、と茉莉は溜め息をつく。昼休みの終わりが近く、周りの学生は席を立ちながらガヤガヤとし始める。 「そういうこと、男の前で言っちゃダメだよ。玲美、強引なのに弱いし」 「え、どういう意味」  困惑する私に、わからないならいいよ、と彼女は呆れ顔で手をひらひらと振る。 「あー、やっぱり私心配。せっかくかわいい顔に生まれたんだから、大事に使いなよ?」 「ありがとう、気を付けます。んー、やっぱり茉莉みたいな人なら貰われてもいいかな」 「私はいや。友達だからいいけど、玲美と結婚なんかしたら、私がイライラしていつかひどい夫婦喧嘩しちゃいそう」 「あ、確かに。じゃあ先に謝っておく」 「冗談だよ」 「こっちだって、そもそも冗談」  本気だったら困るよ、と笑って、そろそろ授業行こっか、と彼女は立ち上がった。なんだかんだで茉莉も私といて楽しんでくれているのが、よく伝わってきて嬉しい。
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