週一恋愛

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 その翌週の火曜日、いつもと同じ時間に駅に着いたら、なんだかホームの人口密度が高かった。  ざわめきの中で場内アナウンスが聞こえる。 「本日、人身事故の影響で電車が遅れております。各駅停車、あと十分ほどで到着いたします。お急ぎの所申し訳ありません」    またか、と私は思った。最近この線では人身事故が多い。  何気なく辺りを見回していると、そんな中でも、会社勤めの方はどこかに電話をかけたり、しきりに時計をチェックしている。  なんだか、世知辛い。  どうしてこんなにみんな、忙しく何かに追われなきゃいけないんだろう。私のバイト先の塾でも、子供たちですら、小学生にして難しい受験勉強に追われて、少しかわいそうに思うことがある。  こんなことを思うのは、私がぽわぽわとしているからなのだろうか。本当は、私も社会の一員としてもっとあくせくしないとダメなんだろうか。  きっかり十分後に各駅停車がやってきた。実はこの駅、快速や特急の接続駅ということもあり、こういうときでも各停からは結構乗客が降りてくれて助かる。  とは言えさすがに席は埋まっており、人の流れに沿って向かった先は、シューイチくんの前だった。  もちろんそれは意図してのことだけど、上手くいってくれた。彼は相変わらず本に集中していて、この角度からなら後頭部が見える。  あ、寝癖だ。  ひょこっ、と立っている数本の毛。電車が揺れるとアンテナのようにひょい、ひょい、と動いて、とても愉快だ。今、そっと触って直してあげたい、なんて思ってしまって、  ――私、ドキドキしてる。  人身事故に、ありがとう、だなんて口が裂けても言えないけど。こんな機会はきっと滅多にないだろう。その「偶然」そのものには感謝しても許されるかもしれない。  今日の彼は、イヤホンで音楽を聴いていた。耳にひっかけるタイプのイヤホンで、パステルカラーの緑色。その背後、窓の向こうを通り過ぎていく木々の新緑と、調和している。聴いている音楽までは残念ながらわからない。  開いた本には、細かい文字と、よくわからない数式と、上向きや下向きの矢印がずらっと並んだ図が描かれていた。数学だか、物理だか、あるいは化学だか見当もつかない。  だけど、シューイチくんは理系だとわかった。  青メガネ理系男子、音楽好きなシューイチくん。  私の頭の中で、彼の情報がどんどん活発にアップデートされていく。  茉莉との会話をふと思い出す。もし彼にストーカーだって訴えられたら、私は勝てるのだろうか。裁判所に連れていかれて、泣く祖母と共に、先方と示談金の話をするのだろうか。  ……これも一種の妄想だ。  ただ、私は、アイドルのおっかけをしているような気分なだけ。話せなくてもいい。決して触れられない今くらいの距離から、その一つ一つの仕草を見ていられるだけでいい――。  ダイヤの乱れの関係か、今日の電車は途中の駅で快速の通過待ちを行わなかった。十四種類のアイスに見送られて、二駅先で私はいつものように降り、彼はいつものようにそのまま座って勉強を続ける。  通過待ちがなかったから、今日は彼を見ていられる時間がいつもより短かった。だけどその分、望んでもなかったくらい彼を近くで感じられて、それだけで、私の頬はほんのり染まっている。
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