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週一恋愛
突然出たくしゃみの音は、電車の到着メロディーにかき消された。
綿毛か、花粉か、砂ぼこりか。くしゃみの拍子に落としてしまった携帯を拾い、傷がないことを確かめる。
風を運んできた空に恨めしい視線を投げようとすると、目の前に滑り込んできた各停によって、再び私は影に覆われる。
電車は私の目の前に三号車、前から二番目の扉を差し出す。その横に立ち直して、開いたドアから降りていくサラリーマンたちを見送ると、私はいつも通りホーム側の椅子の真ん中辺りに座る。
対面の椅子の真ん中辺りには、やはり「彼」がいた。
彼は、いつも火曜日のこの電車で見かける。去年までは見かけなかったけど、この四月から決まって火曜日に、私の目の前の席にいる。
今は五月上旬で、もう日中はだいぶ暑いから、彼は四月の頃のように襟付きシャツにパーカーではなく、白いシャツに水色の七分袖を羽織っていて、そこからちょっと日に焼けたひょろっとした腕が伸びている。ジーンズはいつもので、ダークブラウンの革靴は買ったばかりなのか綺麗だ。
明るいブルーのメガネの奥で、彼の目は手に持った分厚い本の内容にじっと注がれている。読んでいるのは先週と同じ本で、本のタイトルは見えないが、カバーは所々少しずつ破れている。
私は携帯に視線を落としたり、窓の外を流れていく景色を眺めたりしながら、しばしば彼の様子を盗み見る。相変わらずじっと本に集中していて、時々ポケットから出したペンで、本に何やら走り書きをしている。
私は、彼に恋をしていた。
その端正で細すぎはしない顔で、メガネの似合う勉強家な姿。勉強しながら、かわいく小首を傾げるさま。時々見せる、肩が凝った時に首や肩を回す、ちょっとドキッとさせる動き。
初めて見た四月のあの時から、私はその仕草の一つ一つを目に焼き付け、また、見ていることが彼にバレていないか、そんなスリルを楽しんだりもしている。
そんな彼は、火曜日の朝の電車でしか見かけない。水曜日も、金曜日も、私は大学の授業の関係でこの時間の電車、この場所に座るのだけど、目の前の席にはおじさんだったり、化粧をしているOLだったり。
だから私は、彼を勝手に「シューイチくん」と名付けていた。
週に一度しか現れない「シューイチ」くん。
もちろん彼の名前や、それとついでに出身とか、学生か社会人かとか、何も知らない(私服だし、いつも勉強しているし、学生だと思うけど)。
だけどシューイチくんというあだ名は、彼にぴったりとはまっている気がした。漢字をあてるなら、修一か。周一か。秀一……は少し違う気がするけれど。
修一なら勉強熱心な彼をよく表しているし、周一なら、あの顔が笑うところを想像して、なんだか似合いそうだな、なんて思う。
途中の駅で快速列車の通過待ちを行う。
この駅のホーム、私の目の前には三つの自販機がある。(私から見て)横向きのコカ・コーラの自販機と、正面を向いた、サントリーと、セブンティーン・アイスの自販機。
ここのセブンティーンの自販機は、ずっとなぜか下の三つが開いていて、これじゃフォーティーン・アイスだ。
私は今日も商品の数を数え、十四個しかないのを確かめる。その不可解な自販機は、シューイチくんのちょうど横辺りに現れるから、そこに背の高い三十代くらいのサラリーマンが座る月曜日以外は大抵見ることができる。
そのまま小さく目線をスライドさせる。彼はそんな私の日課なんて当然気付かないまま、勉強に集中している。
彼がページをめくって少ししてから、対面のホームを快速列車が通過していく。背後の窓の振動にビックリしたのか、シューイチくんはひょいっと振り返る。
顔を戻した際、チラッと、一瞬だけ、私の方を見た気がした。私は心の中で、わわっ、と驚き、だけど彼はすぐに本に目を落とした。
私を見たんじゃなくて、後ろの窓の景色を見ただけかもしれない。ぼんやりと虚空を見つめていただけかもしれない。
だけどなんでも良かった。
珍しく見ることができた、彼の正面からの顔。やっぱり、私はシューイチくんが好きだ。
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