傘文通

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 翌朝。  期待してはいけないと思いながらも、どこかで期待していた傘は、やはり事務所の傘立てに返ってきていた。  前回と同じように、自分のものか確かめるために傘を開く。  ひらりひらり。  舞い落ちる紙片を満矢は顔で受け止めて、それを広げて見る。 『また借りてしまいました……。昨日はひどい雨だったので……すみません』  丸っこくてかわいらしい文字。昨日借りていった人は前回と同じ人だったようだ。  満矢はしばらくその文字を眺めてから席についた。デスクの引き出しの隅っこに、前回のメモの上に、今回のメモを重ねて置く。  前回の彼女は傘を借りたことに感謝をしていたけれど、今回の彼女はどちらかというと申し訳なく感じているようだ。  置き傘を借りて行かれても、折りたたみ傘を常備している満矢には影響がないのだから、こんな風に申し訳なく思う必要はないのに……。  こんな事情を相手側が知っているはずがない。なんとかそのことを伝えて、気持ちよく置き傘を使ってもらいたいのだけれど、なにか手段はないだろうか。  いつもコーヒーをいれてくれる彼女がやってきた。だから、そのときは考えるのをやめたのだけれど、仕事中ぼんやりと考えて、満矢はようやくやることを決めた。  仕事が終えて外に出る。雨が降った次の日だから空気がじっとりとしていて、ひどく暑く感じる。ボタンを一つ外してネクタイを緩める。  やることを決めている満矢の行動手順は早い。まずはレターセットを買おうと思うが、どこに売ってあるのか分からない。  コンビニに行ってもあったかもしれないが手紙といえば郵便局。  思ったよりもいろいろあって迷ったが、傘の絵が描かれているものにした。傘の他にも淡い水色のアジサイや、雨の滴を喜ぶカタツムリなども描かれている。かわいすぎるかと思ったが他に似つかわしいものはないし、相手もあんなに丸っこい文字で書いてあるのだから、これぐらいは許されるだろう。  腕時計を見ると、夜の番組までまだまだ時間がある。カフェに行って書いてしまおうと決めた。
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