泥に浮かぶ

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 嘘だ。  僕のせいで、月野さんが。 「ッいつから、ですか……!?」  厭だ。  僕は確かに嫉妬をしたけれど、こんな風にあの人から奪いたかったわけじゃない。 「まだ江戸にいた頃、十八・九の時に麻疹をやったと言っていたな? 感染したのはその時だ」  少し前、新撰組全員の集団検診に訪れた医者に後日一人で来いと言われて漸く医学所に出掛けた、というお墨付きの病院嫌いである。  元幕府御殿医・松本良順に告げられた病は、労咳。 「咳、熱……いつからだなんざこっちが訊きてぇよ。こんなになるまで放っときやがって……」  苦々しい表情の医者を前に沖田は席を立った。 「すみません、失礼します」 「ああ? どこ行きやがる。これから治療法とか大事な話があんだよ」  丈が高く強面の厳つい容姿にこんな口調だが蘭学を修めた日本一の名医で、最後まで沖田を、新撰組を支える男だ。  これからの時代、新撰組を、その存在が消えても尚、支持し続けたのは並大抵のことではない。 「明日また、お邪魔させてください。ありがとうございました」  しかし沖田は月野の心配で頭が一杯だった。  自分が、伝染させたかもしれないと。  あまり他人に心を開ききれない自分が一番近付いたのは、月野だった。
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