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都合よく佇む道端の空き家に連れ込まれそうになった、その時。
「お兄さぁん? おイタはいけませぇん」
全然頼りにならなそうなヘラヘラ顔に、浅黒いヒョロッとした体躯で、一見ぼっちゃま風に整った身なりの青年が待ったを掛けた。
目を見張るべき、腰には大小二本、武士の証である大刀と脇差し。
総髪を一つに纏めた所に、剣道の防具の面で、米噛み辺りの髪が擦れて少し縮れた······剣術の稽古を長年すると付くという、面擦れが目立つ。
その身分と不似合い気味な、ポヤンとした男。
カラんできた男より、それこそ一目瞭然にわかるその身分は、紛れもなく武士である。
「んだぁ? お前」
凄むのを余所に、恐らく、助けに来たのであろう青年はスタスタと近付いて来る。
「名乗る程の者ではありませんよ······えっと······あなたが」
しかもニコニコ笑いながら、自信満々の暴言だ。
「······ッ近寄んなてめぇ!」
何とも言えない“畏怖”を感じたのか、男は少女を盾にした。
それも気に留めず寄って来るので、効果が無いと判ると今度は、少女を空き家に押し入れて自分は大刀の鯉口を切った。
その必死の形相に目もくれず、青年はイヤに清々しく、あばら家の中の少女に声を掛ける。
「あっお嬢さぁん、そのまま中で待っててくださぁい」
こんな所に閉じ込められて、あなたが斬られたら逃げられないじゃない。
少女の心の声に構わず、外の、先程まで元気だったチンピラ風情は、生きるか死ぬかの土壇場に居た。
刀に添えた手が、ガクガクと戦慄く。
「そのまま、そのまま。絶対に“抜かないで”下さいね?」
台詞とは裏腹、残酷に誘われた男は圧力に堪らず抜き放った。
「ッうわあぁぁああ!」
その刹那、近付いて来ていた筈の青年が、男の視界から消えた。
「あーあ。······ごめんね?」
青年は、相手に刀を抜かれると、自らの身に潜み蠢く剣鬼を抑えられない。
そういう風に育ってしまう程、刀に、純粋に命を懸けてきた。
躯に三撃もの諸手突きを入れられ、男は音を立てて倒れた。
······あの······助けに来た人が、斬られたの?
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