泥に浮かぶ

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「土方さん! 僕です!」  真っ先に向かったのは月野が身を置く休息所ではなく、土方の部屋だった。  勝手に会いに行こうなんて、思いもしない。 「なんだ、血相変えて」  先日一番隊の新人が任務中に命を落としてから見て明らかに意気消沈していた沖田を気遣い、心なしか優しい声で入れと伝える。 「ごめんなさい……! 僕……ッ月野さんに……」  障子を開けるか開けないかの早さで沖田は言った。 「惚れてんのは知ってる」  土方は苦笑いの顔を作るが、その表情はすぐに消える。 「……土方さん、僕、労咳に、罹っちゃった」  告げた時の土方の動揺がいつまでも眼に胸に残って、消えなかった。  何よりもこの病を憎んでいることは、知っていた。  反射的に、目を逸らす。 「ごめんなさい! 月野さんに、伝染(うつ)したかも……ごめんなさい!」  目線はもう合うことはなかったけれど、土方はやっと口を利く、という様子で言った。 「……総司、月野に会え」 「そんなことよりっ……早く診てもらってください!」  死病に罹った自分を憐れんでの言葉かと思った。 「月野は、発病している」  息を詰まらせる沖田に更に続ける。 「黙っていて、すまなかった。だから身請けして、俺の休息所に入れた。あいつも、自分の病をわかっている」  医者ではなく土方の口から真実を告げた。  月野はただコクりと、首を縦に振った。  そして、引き取ってくれてありがとうと頭を下げた。  初めて発作を起こした時にはあんなに怯えていたのに、それが総司のものだと知った瞬間、決して心を預けてはくれないのが、辛かった。  月野に、お前の病のことを言った。  あいつ、お前が可哀想だって泣いていたよ。  発作はひどいのか、血を喀くのかと、俺に聞くんだ。  会わせてくれなんて、一言も言わなかった。
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