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芸妓になんて、絶対なるもんか!
走らなきゃ······走り続けなきゃ。
脚が動かなくても、肉刺が潰れても。
逃げなければ。
あそこは地獄。
逃げなければ、わたしはわたしでなくなる。
知りもしない男に抱かれるなんて、耐えられない。
わたしまだ、男の人を知らない。
わたしまだ、恋を、知らない。自由になるんだ。
少女は島原の置屋から、ひたすらに走った。
今まで、舞うことしか知らなかった躰。
今まで、唄うことしか知らなかった息が、早くも意思に反して限界を伝えていた。
「いやに乱れた道中やなぁ」
普段、どこの舞妓芸妓にも嫌みなくらい、しっかり整えておく着物がどうしようもなく邪魔で、思いっ切り托し上げた傍若無人の姿を見ては、道行く人がひそと笑う。
乱れようと、構わない。
地獄に戻るくらいなら。
―······
人も疎らな所まで走り続けた少女の腕は、いきなり乱暴に引かれた。
「ねぇちゃん、そない急いでどこ行くんや」
顔を上げると、一目瞭然に人相の悪い、如何にも好色そうな薄笑いを浮かべた男が立っていた。
「······っ触らんで!」
「なんやと!? クソ生意気な女やな」
······誰か!
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