第一章 未来屋書房

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Book-3. -Tellko-        曜が店の二階の机に向かっていると、階下からドアベルの音がする。  どうやら今回の客が来たようだ。  曜は既に沸いていたお湯をティーポットに移し、トレイにティーセットを載せると、階段を下りて行った。 「いらっしゃいませ」  家の中に入ったはいいが、どうすればいいのかわからない。  とりあえずきょろきょろと部屋の中を見回していると、長身に黒髪の眼鏡の男が、ティーセットを片手に階段から降りてきた。 「こ、こんにちは、あの……」 「こんにちは。ここにはどうやって?」  男性はティーセットをテーブルに置くと、お茶を淹れだした。ほんのりと漂ってくる香りはリンゴのような甘い香りだ。 「えっと、考え事をしていたら、道に迷ってしまって。いきなり中に入ってしまってすみません」 「いえいえ。ここに入れたという事は、あなたにはその資格がお有りだという事ですので」 「はぁ……」  男性はそういうと、私に椅子に座るよう勧めてくれた。席に着くと、琥珀色の液体が入った瓶を差し出してくる。 「良ければどうぞ。この紅茶ははちみつを溶かすとよりおいしく楽しめるので」  男性は自分の分のカップをスプーンでくるくると混ぜながらそう言う。 「あぁ、そうだ。差支えなければ、その、あなたが迷子になってしまったという原因の悩み事、お聞かせ願えませんか?」 「え?……でも、」 「あぁ、失礼、まだ自己紹介もしていませんでしたよね。僕は曜といいます」 「……私はテルコというの。でも、いきなり、その……見ず知らずの人にお話しても良い内容なのか……」 「……悩み事の中にはね、関係ないからこそお話しできるお話し、というのもあるのですよ、テルコさん」 「はぁ……」 「僕に、あなたの憂いをお話し下さいませんか?……僕はアナタの、話し相手になりたい」 微笑みながらそう言う曜は、普段なら胡散臭さを感じるはずなのだが、私は彼にその悩みを話し始めていた。       「迎えが来ないんです」 「お迎え、ですか?」 「えぇ。約束の時分はとうに過ぎているのですけれど」  曜は続きを促すようにリンゴのお茶を啜った。 「でも、約束をしたのはもうだいぶ前になりますし、やはり私ももうその約束のことは忘れた方がいいのかしら……」 「そんな必要はないと思いますよ?」 「そうね。でも、その約束が果たされなければ、私は故郷に帰ることすらも出来ないのよ」  私も曜の淹れたお茶を飲んでみる。今までに味わったことの無いような甘い味に、仄かに香るリンゴがとても心地よかった。 「故郷に、帰りたいのですか?」 「えぇ、もちろん。だって此処は私の居場所ではないの」 「そうですか……」 「私が此処にいるのは、昔犯した罪を償う為だったのよ。それが終われば迎えに来てくれるって、あの人が」 「あの人?」 「えぇ。私の償いが終わればまた、一緒に暮らせるって」 「そうですか……差支えなければ、あなたの『罪』について聞いても?」 「かまいませんが。……その、私の罪は、」  そこまで話して、言葉に詰まる。そもそも初対面のはずの彼に、そこまで話す必要はあるのだろうか。 「あぁ、言いづらければ、大丈夫です。無理にお話ししていただけなくても」  曜の言葉に甘え、言葉を終わらせる。そのまま、お茶をすする音だけを残して、しばらく沈黙が続いた。       「そういえば、ここがどんな店なのか、まだ説明をしていませんでしたね」  曜の言葉に私は顔を上げた。 「お店、だったの?」 「えぇ。まぁ、普通のお店とはちょっとばかり勝手が違いますが」  そういえば、私がこの家に入った時、彼は確かに「いらっしゃいませ」と言った事を思い出す。 「どんな、お店なのかしら?」 「此処はね、『本屋さん』です」 「……本、屋?」 「あぁ、貴女の世界ではあまり馴染みは無いのでしたね」  聞きなれない言葉に首を傾げると、曜は周りに乱雑に散らかっていたものを拾い上げて私に見せた。 「コレが、僕のミセで扱っている中では一般的なカタチの本です。この中には、誰かの生きた物語(運命の可能性)が詰まっています」  初めて見る装丁の本に私が夢中になっていると、曜はさらに続ける。 「僕はこの物語(運命の可能性)を、お客様の要望に沿って変更する、そんなお仕事をしています」  曜の表情は良く見えなかったが、私は曜に尋ねてみる。 「私の物語(果たされなかった約束)も、変えられるの?」  その疑問に、曜は答えてはくれなかった。 「輝子(テルコ)姫、申し訳ありませんが、僕の力では、貴女様の物語を変えることはできないようです」 「なぜ?」 「ご僭越ながら、貴女の罪はまだ償われてはいないのではないでしょうか?姫が罪への償いを終えられさえすれば、いずれ約束は果たせるものかと」 「だって、運命の可能性(私の生きた過去)を変えるなら、罪自体を無くすことだって出来るんじゃないの?」 「僕の力ではどうしようも無いのです、姫。だって貴女は……」        店の二階の窓から、元来た道を歩くテルコを見送る。  いつの間にか降り出した白い雪の中を、鮮やかな十二単と長い黒髪を引きずりながら歩く彼女を見ながら、僕は机の上に広げた巻物を見た。  筆と墨で描かれた、かなり黄ばんで傷みも激しい古い巻物だ。 「せっかくのべっぴんさんなのに、勿体ねぇな」  いつの間にか現れた黒猫には目もくれず、僕は巻物を再び巻き直して、箱に入れて保存した。 「この世界の住人じゃないんだから、オマエの力も効果なし、ってのはよ?」  黒猫はひたすら無視することにしているので気にしないが、テルコが残した言葉が未だに引っかかっていた。僕の力では己の運命を変えられないと知った後の言葉だ。       「アナタは何のために、ここで他人の願いを叶え続けているの?」
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