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Book-4. -Alumina-
店の二階に置いてあるデスクで書き物をしていると、一階から来客の合図が聞こえた。
ペンを走らせていた手を止め、予定にはなかったはずの来客の正体を確かめに行く。何時、どのような客が来るのかはある程度わかっている。だからこそ、この分厚い書物にペンを走らせていたわけだが。
つまり、この来客を告げるベル事態が異例の事態だ。
一階の玄関に立っていた人物は、白く色素の抜けた髪に紅い瞳の、少年とも言えるだろう顔立ちの青年。……僕にとっては見慣れた、そして待ちに待っていた人物でもある。
「おかえりなさい、アルミナ兄さん」
兄さんはふわりと笑うと、纏っているマントのような布の中からするりと手を差し出してくる。その腕もまた病的なまでに白い。
僕と血のつながっているはずの兄のアルミナは、先天的に色素が欠乏している。遺伝子によるものらしいが、僕にはその症状は現れなかったようだ。
最後に僕と兄さんが会ったのは、随分と前の事だ。当時は僕はこの書店の店主ではなかった。兄と共に異世界を旅していたのだ。特に、自分のもともと住んでいる世界から脱出したいと願う人たちを次元を超えて移動させる仕事が多かった。
最後に見た兄さんは、戦闘中だったと思う。怪物に襲われながらも異世界に移動するための陣を組む僕に対し、先に行くように促してきたのだ。
依頼主を無事に他の世界に届けてから兄のところに戻ろうと試みたのだが、どれだけ探しても兄と会う事はその後無かった。
もう、何年前の事になるだろうか。兄の姿は、最後に見た時と寸分違わぬ様子だった。
『アナタは何のために、ここで他人の願いを叶え続けているの?』
かつて、僕に対してそう尋ねてきた客がいた。その答えは無論、「ここで兄を待つため」である。
この店はどこの世界とも違う場所にある店。
あらゆる世界を渡り兄を探したが見つかることはなく、ならば次元の狭間であるこの場所で兄を待つしかないと決めたのも、もう随分と昔の話しだ。
「まだ、やらなきゃいけないことが少しだけあるから、ちょっとだけ待ってて?」
そう兄に告げ、テーブルにお茶を出す。兄は嬉しそうにそれに手を伸ばし、そして舌にやけどをしたのか慌てカップをテーブルに戻す。
そんな兄の様子を眺めながら、僕は先程まで二階で書き進めていた書物に再びペンを滑らせる。
この店で僕がやらなくてはならない、最後の仕事だ。
時折、兄の様子を観察したり、黒猫の妨害が入らないかと辺りを警戒したりなどしながら、僕は無事に、書き進めていた書物を仕上げることが出来た。
書き上がった書物はそのまま、ティーセットと一緒にテーブルに置いておく。
僕の作業が終わったのが分かったのか、兄はもう席から立ち上がり、玄関へ向かおうとしている。そんな兄を引き留め、僕は初めてこの店に来た時に自分が来ていた外套と荷物を探しに再び二階へと上がる。
あらかじめ準備していたわけでも無いのに、探し物は二階の作業場の中央に用意されていた。
「おまたせ、兄さん」
そう言って再び差し出された兄の手を取る。自分よりも頭一つ分以上は小柄な兄に手を引かれる等、いつ以来だろうか。
「お疲れ様、曜」
そう言って兄は店の玄関を開ける。
僕は待ちわびていた兄に手を引かれ、長く居を構えていた店を後にしたのだった。
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