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Karma2.-Zerandinu-
お願い、誰か。
誰か、私を、――して……。
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今日も今日とて、僕はミセの中に散乱している書物と格闘している。廃棄処分することができない以上、この書棚から溢れ出る本達をどうにかしてあるべき場所に戻してやらねば、と思っているからだ。
先日、ミセの奥に、何かの術で隠された倉庫のようなスペースを発見したので、ひとまず其処に溢れる書物を運び込んではいるのだが、そのスペースにも限りがある。何とかしてこの隠し部屋のようなスペースを自力で作れれば良いのだが……。何故かミセの書物が減っている気がしないのは何故だろうか。
一息吐こうと、僕はミセの二階にある簡易キッチンへ向かう。ティーセットを取り出し、茶葉を選ぶ。……今日は薔薇の香りの紅茶にしようか。
そこで僕は気づく。……何故僕しかいないはずなのにティーカップが二つセットされているのか。
どうやら客は、こちらが待ち構えているタイミングでは訪れてはくれないようだ。
僕は苦笑しながらも、薔薇の香りを引き立てるように紅茶を淹れた。
やがて現れた客は、見事な巻き毛の金髪を優雅に揺らした、それは見事な美貌の女性だった。……様々な『世界』を巡ってきたが、此処までの美女にお目に掛かることなどそうそうなかった。
その金髪に相応しい碧眼を潤ませながら、彼女は着こんでいる立派なドレスの裾を握りしめている。
黙ったまま、淹れられた紅茶にも手を出さない彼女に、僕はすっかり困り果てていた。高貴な服装によく手入れがされているとわかる髪や肌、そしてその金色の巻き毛の頭部に頂かれた煌びやかなティアラ。
外見だけでも、彼女が少なくとも、彼女の住む世界ではかなりの地位の人間だと言う事がわかる。……もしかすると、その高貴な生まれと育ち故の極度な人見知りなのだろうか。
「――て……」
小さな薔薇の花が浮かんでいる紅茶を黙って啜っていると、不意に彼女が喋り出した。が、声が小さく聞こえない。……そもそも彼女の方から離し始めると思っていなかったので驚いて紅茶を噴出してしまいそうになったのは胸の内に秘めておこうと思う。
「……え?」
彼女の絞り出した言葉をもう一度聴くべく、僕は尋ねる。が、彼女はまた紅茶を見つめながら、モジモジとドレスの裾をその細い指先でいじり始めてしまう。
……しまった、しくじった。
そう気づいた時には既に遅く、碧眼の美女はその瞳を潤ませながら、ドレスの裾を揉み込んでいる。
何を言いかけたのかも聞き取れないが、彼女からその何かを聴き出さねば、話が進まない。
僕はそう決意すると、目の前に座る金髪の美女に声をかけることにした。
「どうか、アナタの憂(うれ)いを僕にお話ししてはくださいませんか、姫君?」
僕が話しかけると、彼女は膝元に落としていた視線を上げた。
「僕はアナタの、話し相手になりたいのです。その御名を存じ上げず申し訳もございませんが、それが僕に出来る、唯一の事なのです、姫君」
豪奢なティアラと上質なドレスから、とりあえず「姫」と呼んでみる。……少なくとも、この女性は、お姫様扱いをして気を害するような人物ではないだろう。
「……こんな遠いところまで、私(わたくし)の噂は届いているのね……」
気は悪くはしなかったようだが、彼女は悲しそうな表情でそう呟く。
彼女に関する噂などは聞いたことも無かったのだが、どうやら彼女は相当な有名人らしい。その服装や佇まいから何となく察してはいたが、やはり身分の高い人物なのだろう。
「噂とは何でしょう? あぁ、お気を悪くしないでくださいね。僕はこう見えて世間に疎いものですから……」
このミセを継いでからというもの、僕は実はミセの敷地からは一歩も出てはいなかった。雑多な本を整理するのに、少し庭に出たくらいで、このミセからは出ていない。庭や窓からも近所の他の住人などを目にすることは無かったので、必然的に世間の噂話やゴシップなどからは自然と遠ざかっていた。――このミセに辿り着くまではそういったモノを頼りに行動していたのに、何とも皮肉なものだ。
「……実は私、永い間、城の塔に囲われて、眠り続けていましたの……あら、私ったら、まだ名前もお教えしていませんでしたわね。私はゼランディーヌと申しますの。城というのは、私の国の王である父の所有する城の一つですわ。私もあまり城からは出たことも無く、城下町にすら行ったこともありませんの。私たち、少し似ているかしら」
僕が少し昔の事を思い出して呆けている間に、姫君はポツポツと自身のことについて話し始めていた。やはり、「姫君」と呼んだのは間違いではなかったようだ。――もっとも、僕はどの世界でもゼランディーヌ姫についての噂を耳にしたことは無かったのだが。
「そうかも知れませんね。こう言っては何ですが、お互い、引き籠もりのようなモノですね」
「そうですわね。私たち、引き籠もり仲間のようですわ」
ここにきて、ようやく彼女――ゼランディーヌの笑う顔を見ることが出来た。控えめだがその感情を押し殺すことなく笑う彼女は、ようやくその身に纏う装束のように煌びやかな雰囲気を醸し出していた。
「それで……その引き籠もり仲間の姫君が、わざわざこちらまでご足労下さったのは、どういったご理由でしょうか? ……伺ってもよろしいですか?」
やっと本題に入ることが出来た。といっても、まだ序の口だ。此処に来た理由と、目的まで聞き出さなければいけない。
僕はあと何杯分、紅茶を飲めば良いのだろう。
「そうですわね……引き籠もり仲間の貴方様であれば、私の悩みも聞いてくださるかもしれませんわね……そういえば、私、貴方の事は何とお呼びすればよろしいかしら」
「これは失礼いたしました。僕の名前は曜といいます。名乗り遅れてしまい申し訳ありません、姫君」
「いいえ、気にしないで……元々、私が内気だからいけなかったのですから……」
あぁ、またしくじっていたようだ。彼女の名前を聞いた時点で自分も名乗っておくべきだったろう。
「それでは、私の悩み、聴いてくださるかしら、曜様」
「あぁ、そんなに畏まらなくても構いませんよ。僕のことなど呼び捨てで呼んでいただければ」
「でも、異性の方にはそう呼ぶようにと、教師に教わりましたわ」
「では、姫君の呼びやすい呼び方でけっこうですよ。さぁ、僕の呼び方などよりも、姫君のお悩みの方が、ずっと重要ですよ」
このままでは埒が明かないので、ゼランディーヌに話しの先を促す。――話しと言っても、まだ「悩みがある」という事しか聞けていないのだが。
「では、お話しいたしますわね。私の悩み。曜様、貴方、突然眠り出して、それがいつまでも続いてしまう、という病は、聞いたことがあるかしら?」
*****
私は、生まれながらにして、不可思議な病を患っていました。父が国中の医者という医者に私をお診せしても、皆が首を傾げる、手の施しようのない、そんな病でした。
その病の発症は、何時ともなく訪れ、私は何日、何週も眠り続け、何事も無かったかのように、起き出すのです。
初めはただただ、私の事を心配していた両親でしたが、やがて、流行病(はやりやまい)を疑い、国中の井戸を検査し、衛生面を整え、流行病の起こり難い環境を作ることに尽力していきました。おかげで、国は豊かになり、民は暮らしやすくなったと、より王家への忠誠を高めたそうです。
しかし、そんな両親の努力の甲斐も虚しく、私は眠り続け、再び起き出すのでした。
そんな奇妙な病を持つ私を、娶ろうという近隣の国は無く、私は王家の唯一の子でありながらも、次に継ぐ世代を残せない者として、臣下や一部の民の間では疎んじられていました。
私が嫁げないかもしれないことを、私が成長するにつれ次第に心配が積もった両親は、ある時、こんな御触れを国中、近隣の国々にまで出しました。
「王女ゼランディーヌの病を治せる者が出たら、王女をその者に嫁がせ、国を継がせる」
その時私は16歳になろうかという年頃で、だいたいどの身分であっても、その年頃には女は嫁いでゆくのが当たり前だったのです。そして、国王の一人娘として生まれた私にとっては、結婚というものは、国を左右しうる、大きなものであったのです。
そして、16歳になった私は、誕生日の朝に起きることなく、永い間、眠り続けることとなったのです。私の人生の中でも、16歳の誕生日に起こったこの病の症状は、今までで一番長かったものでした。
16歳の朝から眠り続ける私の身体は、何故か不思議と、老いることも無く、若さを保ち、まるで時を止めているかのようでした。魔法にでも掛けられたような、そんな感じだったと、後から聞きました。
私が眠り続けている間にも、父の御触れを聞きつけた、選りすぐりの男たちが、私の病を解き明かそうとしていました。単純な好奇心により訪れた者から、野心や時には邪心を持って近づいた者も多くいたそうです。当然でしょうね。だって、私の病を治せれば、豊かな国一つが丸ごと手に入るのですもの。
そんな中、眠り続ける私を、夢の世界から解き放ってくれた男が居ました。今の私の主人です。
主人は、好奇心から私に近づいた方の人間でした。若さを保ちながら眠り続ける王女に、単純に興味が湧いたそうです。主人の職業は、所謂(いわゆる)「冒険者」や「探索者」と呼ばれるそれでした。興味に応じて、様々な場所に赴き、時には危険な魔獣、時には多くの財宝を求める。そういう生き方の人でした。
主人は、「私」という「宝」を求めてやってきた、冒険者に過ぎなかったのです。
私と結婚してからも、彼は様々な宝矢魔獣の噂を聞きつけては、世界中の隅から隅まで駆け回っていました。結婚してから、彼と会った回数は、数えられる程度のものです。
彼は、「私」という「宝」を手にした途端に、「私」への興味が失せてしまったようでした。それは、他の宝にも言えることでした。一度手にしてしまえば、興味がなくなってしまう性質の人だったのでしょう。
私の悩みは、どうすればもう一度、主人に興味を持ってもらえるかというものです。何も、彼を一人占めしたいわけではありません。彼には彼の、生きてきた人生が、関わってきた人たちとの関係性があるのですから。それを全て断ち切ってしまいたいというワケではないのです。
ただ、あの、全てが煌めいて見えたあの頃の様に、戻りたいだけなのです。
*****
ゼランディーヌの話しを聴き終えた僕は、このミセに来てから何度も繰り返し読んでいた、先代店主たちの書き置いていったあのマニュアルのような本の事を思い浮かべていた。
少なくとも、彼女は『空想上の存在』では無いようだ。少なくとも、彼女の口からそのような類の言葉は聞いていない。――とある世界で語り継がれている物語に似ている部分も数点は有るのだが、おそらく僕の杞憂だろう。何しろ、僕が聞いたことのあるその物語に必要不可欠な存在が、いくつか彼女の話しからは抜け落ちているのだから。
問題は、どうやって彼女の悩みを解決するかである。
ゼランディーヌの目的は「夫と仲睦まじかった時代に戻りたい」という事だろう。そうするには、彼女の「人生」の何処を修正すれば良いだろう。
いくつか案は有るのだが、コレは彼女に相談して決めても良いものなのだろうか。
僕は、新しく紅茶を淹れ直すという名目で、一旦二階の作業スペースに戻ることにした。二階の作業机にはあのマニュアル本が有る。何かヒントでもあるのではないかと思ったのだ。
案の定、作業机にはマニュアル本と「Zerandinu」と表題の付けられた本が乗っていた。
彼女の物語を捲ってみると、彼女から語られたのとほぼ同じ内容が綴られていた。
――ただ一つ、異なる点を除いて……。
「お待たせいたしました」
そう声を掛けて、僕は新しく淹れた紅茶を持ってゼランディーヌのいるテーブルへと戻った。
「姫君、突然ではありますが、此処は『ミセ』なのですよ」
「まぁ、そうだったのね。私ったら、何も知らないで……図々しくてどうしようもないわね」
「いいえ、それが、僕の『ミセ』は、姫君のお悩みと、非常に密接した関係を持つのですよ」
「……どういうことですの?」
「この『ミセ』は、お客様の『運命を書き換える』お店なのです。つまり、対価を支払っていただければ、姫君のそのお悩みも解決できる『可能性』があります」
「……確実に変えられると言うのではないのかしら?」
「誠に申し訳ないのですが、当店で書き換えられるのは『お客様の物語の分岐点』のみなのです」
「つまり、選択肢を選び直すことが出来る、という事でよろしいのかしら?」
「はい、さすがでございます。『選択肢』を書き換えた後の人生は、お客様次第。そういうルールになっています」
「……対価というのは? お金のことに関しては、私はあまり得意ではないのだけれど」
「ご安心ください、対価は『金銭以外のモノ』でお支払い頂くのが当店のルールの一つでございます」
僕が彼女の話しと書物から見つけた相違点。ソレは――
「ゼランディーヌ様、アナタは僕の『お客様』でいらっしゃいますか? それとも、ただの『引き籠もり仲間』でしょうか?」
ゼランディーヌは白魚のような指を顎に当て、少し考える素振りを見せた。が、存分早く答えが出たようだった。
「……お願いいたしますわ、『店主様』。私の『運命』、書き換えて頂きますわ」
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僕が見つけた相違点。ソレは――『王女ゼランディーヌは再び眠り続けている』。
彼女が「夫との幸せな時」に戻る為に支払ったのは――『業』だ。一度決まってしまった「運命」を捻じ曲げるのだから、それ相応の対価が必要になるのだ。
先代店主たちの中には、『客』に対価についての説明をしなかった者もいたようだが、僕は今回、敢えて彼女にはその説明をした。ゼランディーヌはその内容を理解し、僕と契約をしたのだった。
さぁ、彼女が目覚めるまであと……
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お願い、誰か。
誰か、私を、殺して。
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