一.
―ああ、まただ。
水城亜沙が、アルバイトとして図書館で平日の夜に来るようになって、一ヶ月。夏休み前の、ある暑い日にまた、あの人がきた。
カラスのような黒い髪色に毛先が少しはねた、男の人。
「もう、斉田さん、また延滞して」
「ごめんって、ほんとごめん。佳奈ちゃん許して」
「佳奈ちゃんって呼ばないでちょうだい、私はもう四十六です!」
「えーうそだ、まだ三十にしか見えない。声も明るいし」
「そうやって持ち上げても、ペナルティは変わりませんからねっ」
カウンターで亜沙の叔母である水城佳奈と押し問答のようなことをしているのは、斉田あきらという名前の青年だった。彼はちょっと、いや、かなり……有名である。この図書館で働く人にとっては。
―またあの人かぁ。
そう、延滞ばかりしてまともに返却期限を守ろうとしない要警戒人物として有名なのである。
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