僕の傘返してください!

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僕の傘返してください!

 就業時間終了のチャイムが鳴った。美佐子は今日は用事があるの、と手早く片付けを済ませ帰宅しようと時に近くでこう話しているのが聞こえた。 「あれ〜、雨降っちゃってるぅ。しかも結構強いよぉ。やばいよぅ、今日傘持ってきてないよぅ〜」  えっ、そんなぁなんでよぅ。会社からコンビニまで距離あるしどうしよう。今日大事な日なのよ。だからこうやってバッチリ決めてきたんじゃない。そう今日は美佐子にとって大事な日。一ヶ月ぶりの合コンなのだった。よしと美佐子は考えた。傘余ってるの黙って借りちゃえ!そうだ、高価そうなあそこに置きっぱになってだからそれ借りちゃお!美佐子はオフィスを出て傘置き場まで行き、お目当の傘を持ってエレベーターに乗った。そしてエレベーターが一階に着くと早足でビルの玄関まで歩いて傘を開こうとした時だった。誰かが美佐子の後ろでこう言っていたのだった。 「僕の傘返してください!」  美佐子はビックリして後ろを振り返った。見ると5月にこの部署に配属された新入社員の西田がそこにいた。かなり怒っているようだ。 「その傘僕のなんです。ずっと持って帰ろうとしてたんですけど、忙しくてその暇なかったんですよ。だから返してください!」  西田の気迫にちょっと気圧されそうになった美佐子はバツの悪い笑みを浮かべて、「ゴメンね!自分の傘と間違えちゃったの!」と言いながら返したが、西田は納得がいかないようでこう反論してきた。 「いえ、美佐子先輩がさしてる傘ってビニール傘ばっかりじゃないですか。僕のと同じ傘持って来たことなんて一度もありませんよ!」  ああめんどくさい!しかし何故西田は私の傘のことを詳しく知っているのだろうと思ったがもうめんどくさくなったのでとりあえず一言謝って雨の中外に飛び出してしまった。  雨は思ったより強く傘を買う間もなく美佐子は一瞬にしてビショ濡れになってしまった。そしてそのまま合コン会場に着いたものだから参加者はビックリしてしまった。案の定美佐子はひとりぼっちでしかも全く合コン自体が全く盛り上がらず、男性陣はひたすら沈黙し、女性陣はヒソヒソ話で美佐子をディスりまくっていた。美佐子は自分の立場に耐えきれずトイレに逃げ込み、不意に自分の顔を見てビックリしてしまった。メイクが剥げて化け物みたいな顔になっているのだった。よく笑われなかったなと美佐子は水でメイクを落としながら泣いた。なんでこんな事がやってるのよ!合コンなんていくらやってもみんな声さえかけてくれないじゃない!ちくしょうと会場に戻るともう美佐子は手当たり次第飲みまくってしまった。  今回の合コンは最悪だった。たく!アイツが傘を持っていくのを見逃してくれたらこんな事にはならなかったのに!美佐子はまだにわか雨が降っている道をふらつく足取りで家へと帰っていく。でも大して変わらなかったかも。何回も行ってるからわかるんだ。何回行ったってダメなものはダメ。でも絶対誰かいるはずなんだ。例えばこうやってフラフラ歩いている私に傘をさしてくれる人が…。  誰かにぶつかったような感じがしてハッと上を見た。傘をさしてる人間にぶつかったみたいだ。美佐子はごめんなさいと離れようとしたら相手がこう言った。 「先輩大丈夫ですか?こんなに酔っ払って!」  美佐子ビックリしてしまった。いたのは美佐子が黙って借りようとしていたあの高級傘の持ち主の新入社員の西田だったからである。彼は美佐子が借りようとしたあの傘をさしていた。 「大丈夫ですよ〜!傘泥棒の私でも捕まえに来たのぉ。アンタのせいでぜーんぶ台無しになっちゃったぁ」    半分やけになった美佐子は西田に思う存分悪態をつきまくってやった。自分の責任をすべて西田になすりつけようかと思った。 「みっともないでしょ!合コンに行くためにメイクとか洋服とかバッチリ決めてたのに、いざって時に雨なんか降ってさ。それでアンタの高価そうな傘見栄え良さそうだから借りちゃえって思ったのよ!でもご覧の通りアンタに傘取り上げられたせいで服はずぶ濡れ、メイクはボロボロで合コンは大失敗!どうしてくれんのよ!まぁいいんですけどね。どうせみんな私なんかどうでもいいと思っているんだから!」 「思ってなんかいないです!」と西田が言った。彼は真剣な表情で美佐子を見つめている。 「少なくとも僕はそう思っていません。現にこうやってあなたに傘をさしてあげてるじゃないですか! 僕はあなたをずっと見てました。あなたがビニール傘しか持ってないことだって知ってます」    思わぬところで思わぬ告白に美佐子はビックリして酔いもすっかり覚めてしまった。これはどういう事態なのだろうか。彼は冗談を行っているんじゃないか。西田を見ると彼は真剣そのもののような表情をしている。美佐子は何も言えずに視線を西田から背けて空を見た。見るとさっきまでおさまっていた雨がまた降り出している。  美佐子は独り言のように呟いた。 「また雨降ってきちゃった。もう完全にずぶ濡れになっちゃった」  西田は少し戸惑いしばらく沈黙してようやく口を開いた。 「傘よかったら使って下さい。だけど僕の傘ですからね。明日には必ず返してくださいよ」  
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