かさと、つばめと、る~び~と。【PICNICAMERA 15】

1/3
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
 夫と住む部屋を出ることにしたのは、つば九郎先生を見つけたからだ。  東京ヤクルトスワローズの球団マスコット、つば九郎。  ペンギンに似てるけど、つばめ。呆れるほど大酒飲みで、他球団のマスコットみたいにバック転をするわけでもなく、子どもたちに媚を売ることもない。声を持たず、マルマンのスケッチブックで発言するが、漢字はまったく書けない。ファンに対しては基本的に塩対応。ギョッとするほどいたずら好きで、ときどき度を超えている。クリっとした目と、黄色のくちばしと、モフモフとした手羽のせいで、うっかりするとかわいいキャラクターに見える。でも違う。大酒飲みのオッサンつばめだ。  ツイッターのタイムラインに、つば九郎に関する呟きが流れてきた。それは契約更新に関するもので、リンクをたどるうちに、FA宣言をして多くの団体からオファーや、ネクタイをしめて球団と交渉するようす、ビアジョッキを片手に焼き鳥(!)を食らう姿が次々と現れ、見つけた30分後には恋に落ちていた。  マスコットキャラクターには興味がなく、コレクションすることもなかったのに、興味がない野球観戦にまででかける始末。オープン戦や交流戦を観るために札幌ドームに出かけ、選手応援歌を口にし、応援バットを振り回し、傘を振りながら東京音頭を歌う日が来るなんて、いったい誰が予想しただろう。おまけに、つば九郎が毎日発信するブログを読んでゲラゲラ笑い転げたり、涙が頬を伝うのを感じた日には、自分がどこに向かい始めたのか恐ろしくなり、ついにはスピリチュアル・カウンセラーのもとに赴くことになった。 「この彼……、と言っていいのかしら」 「つば九郎先生です」 「彼は、あれでしょ? 周囲を気にしないで、やりたいときに、やりたいことを、やりたいようにやる。それで愛される。そういう人……人でいいのかな」 「つばめですが、人でいいです」  スピリチュアル・カウンセラーは、私の右肩あたりに視点をあわせるようにし、少しだけ眉間にシワを寄せた。何かが見えているのだろうか。 「明里(あかり)さんは、彼になりたいんですね。彼にあこがれてる。だから惹かれてるんです」 「私は……。つば九郎先生に、……なりたいんですか?」 「……そう。明里さんはどうしても、自分より他者を優先してしまう性質を持っています。それは素敵なことだし、素晴らしいことではあるのですが、本来は自分が満たされた上で、そこから溢れたものを他者に渡していかなくてはならない。ところが今の明里さんは『幸福の王子』という童話がありますけれども、あの王子の像と同じことになっているわけです。自分を分け与えて、どんどん枯渇していく。アンパンマンが顔を食べさせても、ジャムおじさんが新しい顔と交換してくれますが、明里さんが自分をすり減らしたとしても、誰が補填してくれますか? それはパートナーでも、お友だちでも、親でもなく、自分にしかできないことなんです。自分が本当にやりたいこと、何の制限もないとしたら、どんな風に生きていきたいのか。明里さんは、この……彼の中に、自分の本当の望みを見ているんです。……自分に潜るというのか、自分に集中する、というのか」  驚愕の真実を突きつけられた気がした。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!